Snow Manのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

Snow Manのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
Snow Manは、2012年の結成後すぐにデビューしたグループではありません。岩本照、深澤辰哉、渡辺翔太、阿部亮平、宮舘涼太、佐久間大介が舞台を中心に経験を積み、2019年にラウール、向井康二、目黒蓮が加わって9人体制となった後、2020年1月22日にCDデビューしました。現在の活躍へつながる過程には、メンバーそれぞれの入所、前身グループでの活動、長年にわたる舞台出演、公式YouTubeへの進出、主演舞台、増員という複数の転機があります。本記事では、一般的な経歴紹介では触れきれない活動開始前の背景から、デビュー決定、デビュー直後の変化までを重点的にたどり、各出来事がどのように次の機会へつながったのかを詳しく解説します。
Snow Manの活動開始前の経歴
Snow Manは、同じ地域や学校で出会ったメンバーが結成したグループではなく、それぞれ異なる時期に芸能活動を始めています。深澤辰哉と阿部亮平は2004年8月、渡辺翔太、佐久間大介、宮舘涼太は2005年、岩本照と向井康二は2006年に旧ジャニーズ事務所へ入りました。その後、目黒蓮が2010年、ラウールが2015年に入所しています。最も早く活動を始めたメンバーと最年少のラウールでは入所時期に10年以上の差があり、この違いが現在のSnow Manに幅広い経験と世代感覚をもたらしました。渡辺と宮舘は幼少期からの友人として知られ、同じダンススクールに通った経験もあります。一方、向井はタイで生まれ、奈良県で育った後、関西ジャニーズJr.を主な活動の場としました。目黒はサッカーに取り組んだ少年時代を経て芸能活動を選び、ラウールは幼い頃からダンスの経験を積んでいます。
結成前の経歴を見る際に重要なのは、全員が最初からSnow Manになることを目標としていたわけではない点です。各メンバーはオーディションやレッスンを経て、音楽番組、舞台、コンサートなどへ出演しながら自分の得意分野を見つけていきました。岩本は高い身体能力とダンス、深澤は周囲を見ながら場を整える力、渡辺は歌唱、阿部は学業と芸能活動の両立、宮舘は舞台での立ち居振る舞い、佐久間は全身を使うダンス表現を磨きました。後から加わる向井は関西でトークや観客との距離を縮める力、目黒は舞台やモデル活動に生かされる表現力、ラウールはダンスを通じた身体表現を身につけています。こうした異なる準備期間があったからこそ、9人になった際にも役割を分担できました。Snow Manの活動開始前は単なる待機期間ではなく、各自が後のグループに持ち込む技術や個性を形成した時間だったのです。
Snow Manが音楽に興味を持ったきっかけ
Snow Manには、9人全員が同じアーティストや楽曲に影響を受けて音楽を始めたという共通の結成エピソードはありません。バンドのように自主的な作曲や楽器演奏から活動が始まったのではなく、ダンス、テレビ、舞台、家族からの勧めなど、異なる入口から芸能の世界へ進んでいます。そのため、Snow Manが音楽に興味を持ったきっかけを理解するには、歌だけでなく、音楽と身体表現を組み合わせたステージへの関心を見る必要があります。岩本照は、幼い頃にマイケル・ジャクソンのダンスを見たことが、踊ることへの憧れにつながったと明かしています。小学3年生の頃からダンスを習い、将来は踊る仕事をしたいという意識を持つようになりました。この経験は、後にSnow Manの楽曲で振付を担当する活動にもつながっています。
ラウールもダンスを早くから学び、コンテストへの出場経験を重ねていました。音楽を聴くだけでなく、リズムや音の変化を動きに置き換える経験を持っていたことが、加入後のダンスパフォーマンスで生かされています。渡辺、宮舘、佐久間らも入所前後からダンスに触れ、レッスンやステージ出演を通じて音楽との関わりを深めました。一方、全メンバーについて「幼少期から歌手を目指していた」と断定できるわけではありません。家族が応募したケースや、周囲から勧められてオーディションへ参加したケースもあり、最初の動機と、その後に仕事として音楽へ向き合う姿勢は分けて考える必要があります。入所後は、先輩アーティストの曲を覚え、歌詞やリズムに合わせて踊り、観客の前で表現する日々が続きました。その積み重ねによって、漠然とした芸能界への関心が、歌、ダンス、芝居を含むステージ活動への具体的な意欲へ変化していきます。Snow Manにとって音楽への関心は、共通の原点から生まれたものではなく、個別の動機が実際のステージ経験を通して一つの方向へ集約されたものだといえます。
Snow Manが活動を始めたきっかけ
メンバーが芸能活動を始めた直接のきっかけは、旧ジャニーズ事務所への応募やスカウトでした。深澤はテレビ番組の追加オーディションを経て入所し、阿部は母親が応募したことからオーディションへ参加しました。渡辺は通っていたダンススクールを通じてオーディションを勧められ、宮舘や佐久間も家族の後押しを受けて芸能活動を始めています。岩本はダンスを職業にしたいという思いを持ち、自ら履歴書を送って入所しました。向井は幼少期にムエタイジムへ通っていた際の写真が関係者の目に留まり、連絡を受けたことが活動開始のきっかけとされています。目黒はアイドルを好きだった親戚の勧めで応募し、サッカーと芸能活動の間で考えた末、芸能の道へ進みました。ラウールはダンス経験を持った状態で入所し、ジュニアとして活動を開始しています。
入所後の活動は、オーディションに合格すればすぐにグループへ所属できるというものではありませんでした。メンバーはレッスンへ通いながら、先輩のバックダンサー、舞台の出演者、音楽番組のサポートなどを経験しました。短期間で振付を覚える力、出演位置を正確に守る意識、周囲と動きをそろえる技術が求められ、現場での評価が次の出演機会につながります。深澤、渡辺、阿部、宮舘、佐久間、岩本は活動時期が近く、同じ舞台やコンサートに出演する機会が増えていきました。2009年には前身グループの一つとされるMis Snow Manが結成され、アクロバットやダンスを得意とするジュニアとして存在感を高めます。ここでの活動は、後のSnow Manへ名前だけが引き継がれたわけではありません。長時間の舞台に対応する体力、複数人で危険を伴う技を成功させる信頼関係、主演者を支えながら自分たちの印象も残す方法が蓄積されました。各メンバーの個別の応募やスカウトから始まった活動が、共演の増加によってグループ形成へ向かい始めたのです。
Snow Manのデビュー前の活動
2012年5月3日、「滝沢歌舞伎2012」の公演中にSnow Manというグループ名が発表されました。当時のメンバーは岩本照、深澤辰哉、渡辺翔太、阿部亮平、宮舘涼太、佐久間大介の6人です。結成後は「滝沢歌舞伎」をはじめ、「DREAM BOYS」「少年たち」などの舞台や、先輩アーティストのコンサートを中心に活動しました。歌番組やコンサートで短時間出演するだけでなく、長期間の公演で演技、ダンス、殺陣、アクロバットなどを担当したことが、Snow Manの基礎を作っています。特にアクロバットは分かりやすい特徴でしたが、本当の強みは、稽古で細部を調整し、複雑な構成を安定して再現できる点にありました。舞台では一人の失敗がほかの出演者にも影響するため、6人は互いの動きや状態を把握しながら演目を成立させる力を身につけました。
一方、結成からデビューまでは約7年8か月あり、入所時から数えれば15年前後に及ぶメンバーもいました。後輩グループのデビューを見送りながら活動を続ける状況は、デビューが約束されていないジュニアにとって簡単なものではありません。それでも6人は、舞台で任される役割を増やしながら、個々の特徴も磨きました。岩本は振付や身体づくり、阿部は大学院まで進んだ学業と気象予報士資格、佐久間はアニメに関する知識など、ステージ外でも自分を知ってもらう要素を育てています。2015年以降はSixTONESとともに舞台「少年たち」で中心的な役割を担い、グループとして物語を背負う経験も重ねました。2018年には「滝沢歌舞伎」の公演で海外の舞台にも立ち、活動範囲を広げています。デビュー前のSnow Manは、自分たちのCDを持たないなかで、舞台ごとに実力と信頼を積み上げていました。この長い期間に得た技術、役割意識、簡単には崩れない関係性が、後に大きな体制変更へ踏み出すための土台となります。
Snow Manが経験した大きな転機
Snow Manがデビュー前に経験した最初の大きな転機は、2018年にジャニーズJr.の公式YouTubeチャンネルへ参加したことです。Snow Manは水曜日の動画を担当し、ダンスパフォーマンスに加えて、ゲーム、食事、外出企画、メンバー同士のトークなどを発信しました。それまでの主な活動場所だった劇場では、実際にチケットを購入して公演を見る人に魅力が伝わる一方、接触できる人数や地域には限りがあります。YouTubeでは、舞台を見たことがない人も無料で動画を視聴でき、過去の投稿をさかのぼることもできました。アクロバットに強い職人的なグループという印象だけでなく、メンバー同士の自然な会話や親しみやすい性格が伝わったことは、デビュー前の認知拡大につながります。
さらに大きな転機となったのが、2019年1月に発表されたラウール、向井康二、目黒蓮の加入です。6人で長年活動してきたグループに3人を迎える決断は、メンバーにとっても加入する側にとっても大きな変化でした。向井は関西ジャニーズJr.で長い経験を持ち、目黒は宇宙Sixと並行して活動していた時期があり、ラウールは少年忍者で活動していた年少メンバーでした。経歴、年齢、得意分野の異なる3人が加わったことで、ダンスフォーメーションの見え方、トークの組み合わせ、グループへ関心を持つ入口が増えました。2019年3月の単独公演「Snow Man LIVE 2019 雪 Man in the Show」では、9人体制によるパフォーマンスを本格的に披露します。同年の「滝沢歌舞伎ZERO」ではSnow Manが主演を務め、これまで先輩を支えてきた舞台で作品の中心を担いました。6人が蓄積した舞台力に3人の新しい個性を組み込み、短期間で主演公演を成立させたことは、9人が一つのグループとして活動できることを示す機会になりました。YouTubeによる発信の拡大と9人体制への移行が重なったことで、Snow Manはデビューを現実的に目指せる段階へ進んだのです。
Snow Manがデビューにつながったきっかけ
Snow Manのデビューにつながった要因は、単独公演の成功や一つのオーディションだけではありません。6人時代に舞台関係者から得た信頼、YouTubeでの継続的な発信、9人体制で生まれた新しいスケール感、主演を務めた「滝沢歌舞伎ZERO」などが積み重なった結果です。2019年には、音楽イベントや「ジャニーズ IsLAND Festival」などを通じて9人のパフォーマンスを披露し、新体制を急速に定着させました。長身のメンバーを含む9人のフォーメーションは視覚的な迫力を生み、従来のアクロバットに加えて、ダンスグループとしての見せ方を広げます。個性の面でも、関西で培われた向井の会話力、目黒の落ち着いた存在感、ラウールの若さとダンスが加わり、6人時代とは異なる層へ届く可能性が生まれました。
2019年8月8日、東京ドームで開催された「ジャニーズJr. 8・8祭り ~東京ドームから始まる~」において、Snow ManはSixTONESとともに2020年にCDデビューすることを発表しました。結成から約7年、初期メンバーの入所からは約15年を経て届いた知らせでした。発表後はデビューに向けた準備が本格化し、同年10月にはYouTubeの音楽プロモーション企画で海外へ向かうなど、活動の規模を広げています。12月25日にはSnow Man単独の公式YouTubeチャンネルが開設され、デビュー曲「D.D.」のミュージックビデオや関連コンテンツを継続的に発信できる環境が整いました。「D.D.」は、デジタル化する時代を意識したサウンドと激しいダンス、アクロバットを組み合わせた楽曲です。長い舞台経験で培った技術を初めて見る人にも伝えやすく、9人体制の人数を生かした構成になりました。デビュー決定は突然与えられた機会ではなく、実演力を蓄え、発信手段を増やし、メンバー構成を変えて表現の幅を広げた過程の先にあります。Snow Manは、下積みで得た強みを残したまま新しい環境へ適応したことで、CDデビューへの道を開きました。
Snow Manのデビュー当時の活動
Snow Manは2020年1月22日、「D.D./Imitation Rain」でCDデビューしました。Snow ManとSixTONESの楽曲を収録した同時デビュー作品であり、発売初週にミリオンセールスを記録しています。「D.D.」のパフォーマンスでは、細かく切り替わるフォーメーション、メンバーの身体能力、シンクロしたダンス、アクロバットが組み合わされました。これは結成前から舞台で磨いてきた要素を、デビュー曲として分かりやすく提示したものです。デビューに合わせてテレビ番組や雑誌への出演も増え、舞台を中心にSnow Manを知っていた人だけでなく、音楽番組を通じて初めて9人を見る人にもグループの特徴が伝わりました。2月にはタイ・バンコクで開催されたイベントに出演し、デビュー後の海外活動へ向けた一歩も踏み出しています。
ところが、デビュー直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、予定されていたアジアツアーを含む公演は変更を余儀なくされました。長年ステージで経験を積み、ようやくデビュー後の観客へ直接パフォーマンスを届けられる時期だっただけに、大きな環境変化でした。それでも活動を止めるのではなく、公式YouTubeや動画配信を活用し、同年10月には「Snow Man ASIA TOUR 2D.2D.」を無観客の生配信公演として実施しました。また、デビュー前に収録されていた冠番組「それSnow Manにやらせて下さい」は、2020年3月に地上波の特別番組として放送され、4月から動画配信サービスでレギュラー化されました。音楽番組だけでなく、バラエティーを通してメンバーの個性を知ってもらう接点が生まれたことは、対面活動が制限された時期の認知拡大に役立ちます。10月には2枚目のシングル「KISSIN’ MY LIPS/Stories」も発売され、洗練されたダンス曲とアニメ主題歌という異なる表現を提示しました。デビュー当時のSnow Manは、想定外の状況に直面しながらも、舞台で培った対応力とデビュー前から活用していた動画発信を組み合わせ、新しい活動方法を作ったのです。
Snow Manのデビューがその後の活動に与えた影響
CDデビューは、Snow Manの活動規模を広げただけでなく、舞台で培った能力を音楽、テレビ、映画、ラジオ、モデルなどへ展開するきっかけになりました。デビュー前は、グループの実力を知るために劇場やジュニアのコンサートを見る必要がありましたが、デビュー後はCD、ミュージックビデオ、音楽番組、配信サービスを通じて幅広く作品へ接触できるようになります。2021年には「Grandeur」「HELLO HELLO」「Secret Touch」を発売し、激しいダンスだけでなく、明るいポップスや物語性のある楽曲にも取り組みました。9月には初のアルバム「Snow Mania S1」を発表し、10月から有観客ツアーを開催しました。シングル単位の活動からアルバムとツアーへ進んだことで、デビュー後に増えた楽曲をまとまった世界観として届けられるようになっています。
冠番組「それSnow Manにやらせて下さい」も2021年に地上波レギュラーとなり、2023年にはゴールデン帯へ進出しました。メンバー全員で出演する場が定着した一方、岩本の振付や舞台、ラウールのモデル、渡辺の歌唱や美容、向井のバラエティーや写真、阿部の情報・クイズ番組、目黒の俳優、宮舘の時代劇や料理、佐久間のアニメ・声優、深澤の進行やトークなど、個人の得意分野も仕事につながりました。個人活動によってSnow Manを知った人が楽曲や冠番組へ関心を持つ流れが生まれ、グループ全体の入口が増えています。その後はアルバム、ドームツアー、スタジアム公演へと活動規模を拡大し、2025年にはデビュー5周年を記念したベストアルバムも発売されました。こうした発展の土台にあるのは、デビュー前の経験を過去のものにしなかったことです。舞台で磨いた身体表現はコンサートへ、YouTubeで育てた会話力は冠番組へ、長い下積みで形成した役割分担は個人活動とグループ活動の両立へつながりました。デビューはSnow Manを別のグループへ変えたのではなく、長年蓄積した技術や個性を、より多くの媒体で届けられる転換点になったといえます。
まとめ|Snow Manのデビューまでの歩みを振り返ろう
Snow Manのデビューまでの道のりは、2012年の結成だけを出発点として捉えることはできません。メンバーはそれぞれ異なるきっかけで芸能活動を始め、ジュニアとしてレッスン、バックダンス、舞台出演を重ねました。初期の6人は「滝沢歌舞伎」などでアクロバット、ダンス、芝居を磨き、長い下積みのなかでグループとしての信頼と役割分担を築いています。2018年の公式YouTube進出は舞台外の視聴者へ魅力を届ける契機となり、2019年のラウール、向井康二、目黒蓮の加入は、パフォーマンスと個性の幅を広げる大きな転機になりました。9人体制で「滝沢歌舞伎ZERO」の主演を担い、同年8月にデビュー決定を発表。2020年1月22日の「D.D.」で、長年磨いた技術を全国へ届けました。デビュー直後は公演活動が制限されましたが、動画、配信ライブ、冠番組を活用して活動を継続します。個別の入所、6人での蓄積、9人への変化、発信手段の拡大はすべて独立した出来事ではなく、Snow Manのデビューとその後の発展へつながる連続した歩みだったのです。


