M!LKのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

M!LKのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
M!LK(ミルク)のデビューには、2015年のCDデビューと2021年のメジャーデビューという二つの節目があります。その間には、学生生活と活動の両立、メンバーの加入や卒業、自分たちで作品づくりに関わる挑戦がありました。現在の姿を知るうえで、最初から完成されたグループではなかったことは大切なポイントです。本記事では、芸能界に入った背景や音楽への関心、結成後の経験をたどりながら、デビューに至る過程を解説します。活動全体の年表ではなく、当時の本人たちの言葉と具体的な出来事に注目。初めてM!LKを調べる人にも分かるよう、二つのデビューの違いと、その前後に生まれた変化を整理し、グループの出発点を掘り下げます。
M!LKの活動開始前の経歴
M!LKの活動開始前を知るには、グループ結成と、各メンバーの芸能界入りを分けて考える必要があります。結成時のメンバーは、佐野勇斗、塩﨑太智、吉田仁人、板垣瑞生、山﨑悠稀の5人でした。学校の同級生が集まったグループではなく、スターダストプロモーションに所属し、若手男性集団EBiDANでの活動を通じて出会っています。現在のメンバーである曽野舜太と山中柔太朗は後年の加入で、結成時には在籍していません。佐野が芸能界を目指す入り口になったのは、母親が応募した「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でした。本人は応募に強い抵抗はなく、合格したい気持ちもあったと説明しています。家族からの働きかけを受け、自分も挑戦する気持ちになったことが、芸能活動へ進む最初の機会でした。後年の俳優としての出演歴から、初めから演技だけを目指していたと決め付けることはできません。当時の本人の説明では、芸能界という世界への関心と、周囲に喜んでもらううれしさが語られています。
塩﨑の場合も、最初のオーディションには親の勧めがありました。ダンスをしていた塩﨑に対し、合格すればゲーム機を買うという話があり、それが参加の後押しになったと本人が明かしています。入所後もしばらくは年上の多いレッスンに緊張し、親と東京へ行く際の遊びや観光が楽しみになっていました。やがて同世代の仲間が増え、学校の外にも友人がいることを楽しめるようになったと振り返っています。吉田は幼い頃からダンスを経験し、その後、歌や芝居にも表現の幅を広げたいと考えてオーディションを受けました。一度の応募ですぐに決まったのではなく、EBiDANのオーディションを経て事務所に入っています。塩﨑と吉田は同じ時期に合格し、M!LK以前にはE-CHARYというグループでも活動していました。結成前の段階で、既にレッスンや人前で表現する経験を持つメンバーがいたのです。ただし、入所の理由も経験の長さも全員が同じだったわけではありません。家族の勧めから挑戦した人、表現する楽しさから活動の場を求めた人が、事務所で学ぶ中で出会いました。こうした異なる出発点が、後に一つのグループへ集まっていきます。
M!LKが音楽に興味を持ったきっかけ
M!LKのメンバーが音楽へ関心を持った経緯は、一つの共通したエピソードでは説明できません。具体的なルーツを語っているのが吉田仁人です。吉田は4歳からダンスを続け、踊る中で洋楽のヒップホップなどに触れてきました。後年のインタビューでは、音楽を意識して聴くようになったのは中学生になってからだと説明しています。周囲にダンスをやめる人が増えた時期に、別の表現も学びたいと考えて歌に関心を持ち、さまざまな楽曲を聴くようになったという流れです。身体を動かすために音楽に接していた段階から、自分の声で表現することへ関心が広がったと捉えられます。歌うこと自体は以前から好きだったものの、本格的に学び始めたのは事務所へ入ってからでした。この違いは、音楽好きであることと、人に届ける歌唱を練習することが同じではないと分かる点でも重要です。得意なダンスに歌を加えようとした経験が、後に歌唱とパフォーマンスの両面で活動する基礎となっています。ダンスを通じた音楽との接点が徐々に広がったという本人の言葉からは、関心が一つの出来事だけで生まれたものではなかったことが分かります。
一方、塩﨑が初期の活動を振り返る際には、音楽の好み以上に、仲間と一緒に取り組む楽しさが語られています。一人で何かをするよりも、みんなで活動する方が好きだったため、グループになったことを楽しみにしていたと話しました。佐野も、結成時にはほかのメンバーの方がダンスに慣れていたため、早く追い付きたいと考えていました。自分の好きな音楽を形にするという動機だけでなく、目の前の仲間と同じステージに立てるようになりたいという気持ちも、歌やダンスへ向き合う理由になっていたのです。こうした経験から、M!LKの音楽への関心は、聴く楽しさ、身体で表す楽しさ、仲間と作る楽しさが重なって育ったものと読み取れます。ただし、全員の幼少期の好きな歌手や、歌手を目指した決定的な瞬間が同じように確認できるわけではありません。音楽に接する入り口が違っても、レッスンとグループ活動を通じて、観客へ歌を届ける共通の仕事に向かっていきました。歌唱を学ぶこと、振り付けを覚えること、仲間と合わせることが、実際の活動の中で結び付いていたのです。後の5人の歌声の違いを楽しむ際にも、経験や関心が一様ではなかった背景を知ると、各自の表現に目を向けやすくなります。
M!LKが活動を始めたきっかけ
M!LKがグループとして活動を始めた直接のきっかけは、EBiDANの中からオーディションで選抜されたメンバーが、新しいユニットを組んだことです。塩﨑は「EBiDANアミーゴ!」という番組の中でできたグループだったと振り返っています。個人として事務所に入るための審査と、グループのメンバーとして選ばれる過程は別の段階に当たります。芸能活動を始めた後に、歌とダンスを共有する仲間が決まり、M!LKとしての活動が具体化しました。2014年11月24日には、東京・日本青年館で開催された「EBiDAN 39&KiDS 星男祭2014」で初めてお披露目されます。結成当時、佐野は16歳、ほかの4人は14歳で、学生生活を送りながら表現を学んでいた時期でした。観客の前でパフォーマンスをする機会が設けられたことで、グループとしての最初の実践が始まりました。この日が結成記念日となり、後の周年企画やメジャーデビューの日付にもつながっていきます。最初の舞台は、個人として学んできたことを、5人で一つの表現にまとめて届ける出発点でした。
グループ名には、さまざまな色に染まり、幅広い活動ができる存在を目指す考え方が込められています。歌とダンスに取り組みながら、俳優やタレントとしても表現する余地を持つ名前です。結成当初から、音楽だけを唯一の仕事として限定する枠組みではありませんでした。これは、後に個人の撮影とグループのリハーサルを両立する活動へ進んでいく背景として理解できます。ただ、選ばれた時点で関係性まで完成していたわけではありません。デビュー当時のインタビューでは、最初に抱いた印象や、活動を重ねて仲間意識が強まったことが語られています。共同での練習や話し合いを通じて、決め事を進めやすくなったという変化もありました。活動を始めたきっかけはオーディションと番組ですが、そこで生まれたグループを続けるには、メンバー同士が一緒に過ごす経験が必要だったのです。M!LKの出発点を理解するときは、芸能界入り、メンバー選抜、お披露目という三つの段階を区別すると整理しやすくなります。家族や本人の意思で始めた個人の挑戦が、事務所の活動を通じてグループの挑戦へ変わったことが、この時期の大きな意味です。以後は自分だけでなく、同じ名前で活動する仲間と一緒に観客へ向き合うことになります。
M!LKのデビュー前の活動
M!LKの最初のCDデビュー前の活動で注目したいのは、お披露目直後に楽曲の届け先が決まっていたことです。2014年11月25日には、「コーヒーが飲めません」がテレビアニメ「ぱんきす!2次元」のエンディングテーマになることが発表されました。初お披露目の翌日に出された情報で、この段階で翌年3月のCD発売も予定されていました。アニメのエンディング映像は先行公開され、2015年1月には放送も始まります。つまり、CDの発売より先に、曲とグループ名に触れられる機会が作られていたのです。「コーヒーが飲めません」は岡部波音が作詞・作曲・編曲を手掛けた楽曲で、大人っぽく見せたいのにコーヒーが飲めないという身近な状況を描いています。当時のメンバーは、この曲を自分たちの声とパフォーマンスで表現する立場でした。結成、曲の発表、アニメとのタイアップ、CD発売準備が近い時期に進み、最初の作品を届ける道筋が整っていきました。テレビ番組の視聴者にも曲を聴いてもらえる仕組みが、発売前から用意されていたことになります。グループのお披露目と作品の展開が連動していた点は、最初のデビューまでの流れを理解するうえで欠かせません。
2015年3月25日、シングル「コーヒーが飲めません」でCDデビューし、カップリングには「イチニノサン」が収録されました。ここから先はCDデビュー後ですが、2021年のメジャーデビューまでにはインディーズで活動する期間が続きます。この二つを区別しないと、長く作品を出していたのに「デビュー前」と説明される理由が分かりにくくなります。初期には新曲のリリースに合わせたイベントを行い、観客の前で歌い、反応を受け取る経験を重ねました。2015年の「反抗期アバンチュール」、2016年の「新学期アラカルト」など、学生の生活感に近い題材の曲も増えています。受験で一時的に活動を控えたメンバーがいたことは、当時の音楽活動が学業と並行していたことを示します。2017年には初アルバム『王様の牛乳』を発表し、シングルで蓄積した曲を公演全体へ広げる段階に進みました。メジャーデビュー前の期間にも、既に曲を出し、ライブを行い、学業との調整を経験していました。最初のCDを世に出すための準備と、その後の現場経験の蓄積が、二つのデビューの間にあったのです。作品を増やすことと、それを人前で届けることを繰り返しながら、グループとして活動を続ける方法を学んでいきました。
M!LKが経験した大きな転機
メジャーデビューに至るまでの大きな転機として外せないのが、2018年から2020年にかけての体制変更です。2018年6月に山﨑悠稀が卒業し、同年8月28日には山中柔太朗、曽野舜太、琉弥の加入を発表しました。琉弥は後の宮世琉弥で、グループは7人体制になります。BATTLE BOYSで活動していた新メンバーにとって、M!LKへの加入は、これまでとは異なる責任を持つ選択でした。山中は新メンバーの募集を自分にとっての機会と捉え、挑戦をすぐに決めたと話しています。一方、曽野は加入への覚悟が本当にあるか、自分に繰り返し問いかけたうえでオーディションを受けたと説明しました。既に曲やファンとの関係があるグループへ加わるため、参加が決まる喜びだけでなく、不安もあったことが語られています。山中は、先に在籍していたメンバーが温かく迎えてくれたことで不安が和らいだと振り返りました。新体制の作品「Over The Storm」は、7人が一緒に進む姿を音楽として示す機会になりました。
その後、板垣瑞生と宮世が俳優業へ専念するため卒業することになり、2020年1月31日の豊洲PIT公演が7人での最後のライブとなりました。翌2月からは現在の5人体制となり、歌やステージを改めて作っていく段階に入ります。しかし、その直後には新型コロナウイルスの影響が広がりました。塩﨑は当時、配信ライブを行っていても思うように活動できず、気持ちが落ち込む時期があったと説明しています。その中で2020年9月に発表した『HOME MADE CHU!?』では、ジャケット中面のデザインや映像制作などにメンバーが参加しました。集まって公演をすることが難しい状況でも、作品に関わる方法を広げていたのです。人数の変化は、誰と活動を続けるか、今のメンバーで何を届けるかを考え直す機会でもありました。2021年のインタビューでは、卒業を経験してきたからこそ、活動できる環境を当たり前と思わないという吉田の言葉もあります。体制変更と活動制限を経て、5人で続ける意思や、互いの意見を確かめる姿勢が見えるようになりました。これらをメジャーデビューの直接の選考理由とは言えませんが、新しい環境へ進む前にグループが経験した、重要な変化として位置付けられます。作品づくりへの関与を広げたことも、この時期を理解する手がかりになります。
M!LKがデビューにつながったきっかけ
M!LKのメジャーデビューにつながった経緯は、確認できる決定の流れと、本人たちが積み上げた経験を分けて見ることが大切です。あるSNS投稿が担当者の目に留まった、特定の審査で優勝したなどの理由は、確認できる情報だけでは説明できません。本人たちのインタビューから分かるのは、2021年春頃にメンバーがそれぞれメジャーデビューの話を聞き、その後、ファンへ公表する準備を進めていたことです。曽野は個人面談の中で今後の努力や覚悟について話した後、決定を知らされたと振り返っています。メンバー全員が同じ場で一斉に知らされたわけではありませんでした。塩﨑は、活動が思うように進まない時期に話を受け、うれしさだけでなく、変化への心配や新しいことへの期待も感じたと説明しています。決定は一つの知らせでしたが、それを受け止め、次に何をするかを考える過程がありました。山中も、レーベルやスタッフが変わるなら自分たちは何をすべきかを話し合ったと語っています。メジャーデビューを、仕事の環境が変わることとして捉えていた点が特徴です。新しい体制で活動するために、自分たちの役割も改めて考えていました。
ファンへの発表は、2021年夏の「M!LK BEST L!VE TOUR ~Thank you for your smile~」のZepp Tokyo公演で行われました。メンバーは事前に決定を知り、映像も準備したうえで伝えています。初期からの曲を取り上げたツアーで新しい出発を報告したことで、それまでの活動と次の段階が一つのステージで結び付きました。吉田は、各地に応援してくれる人がいるからこそ発表できるという思いでツアーに臨んだと話しています。発表後にはメジャーデビューへ向けた強化合宿が行われ、リハーサルや配信ライブの準備に取り組みました。合宿では作詞の課題も出され、後に収録される「夢路」の制作へつながっています。佐野は俳優の現場と合宿を行き来しており、個人の仕事を続けながらグループの準備を進めていたことも分かります。新しいスタッフが加わり、レコーディングや公演準備の環境が変わる中で、実際の仕事を通じてデビューが具体化していきました。決定の知らせ、公表、合宿、作品制作という流れをたどると、デビューが一日の出来事ではなく、段階を踏んで形になったことが分かります。長い活動歴に加え、決定後も準備を重ねたことが、発売日を迎えるまでの道のりでした。
M!LKのデビュー当時の活動
2021年11月24日、M!LKはシングル「Ribbon」でビクターエンタテインメントからメジャーデビューしました。結成7周年の記念日を、新しいレーベルでの出発の日として迎えたことになります。「Ribbon」は恋愛の歌として聴ける一方、メンバーにとってはファンとの絆や、これからも一緒に進む気持ちを重ねられる曲でした。初めて聴く人にも届く内容と、長く応援してきた人への思いが同じ曲の中にあるため、メジャーでの最初の一曲として複数の意味を持っています。初回限定盤A・Bには「夢路」、通常盤には「夜明け」を収録しました。「夢路」は5人全員で初めて作詞した楽曲です。合宿で課題を受けた塩﨑と山中が土台を作り、ほかのメンバーの言葉を集め、吉田や山中を中心に調整しながら完成させました。何度も話し合って直したことが語られており、それぞれの言葉を一つの曲にするために時間をかけています。メンバーとの関係、ファンとの関係、将来立ちたいステージへの思いを一つの歌詞へまとめた作品です。自分たちが歌う言葉を考える経験が、デビューシングルそのものに収められました。
発売当日にはヒット祈願や船上でのスペシャルライブも行われました。船上ライブでは「Ribbon」「夜明け」「夢路」に加え、過去の楽曲も披露しています。セットリストはメンバーが考え、これまでの曲と新しい曲を同じ場で届ける記念公演となりました。「夢路」はこの場で初披露され、デビューへ向けて書いた言葉を、実際に歌って観客へ届ける機会を迎えています。当日の様子は後に『M!LK Major Debut Special Day 2021.11.24 -豪華客船ライブ&サプライズ1Day密着-』として映像化されました。また、「Ribbon」の初回限定盤にも合宿や配信ライブの映像が収録され、完成した音源だけでなく準備の過程を伝える構成になっていました。発売時には雑誌の表紙やインタビュー、地域の音楽番組でのコメント放送なども行われ、メンバー自身が新作や思いを説明する機会が増えています。デビュー当時の活動をまとめると、歌を発売すること、ステージで披露すること、その背景を映像や言葉で伝えることが同時に進んでいました。初めてM!LKに触れる人にも、5人の関係や歩みを知ってもらう機会として展開されていたのです。新曲と過去曲、音源と映像を組み合わせることで、7年間の活動を伴った出発を伝えていました。
M!LKのデビューがその後の活動に与えた影響
メジャーデビューがM!LKに与えた影響の一つは、一緒に作品を届けるスタッフが増え、制作や発信の環境が広がったことです。デビュー前後のインタビューでは、ビクターのスタッフが現場へ同行して助言するようになったことや、レコーディングの場所が変わったことが語られています。山中は、新しい仲間の存在を実感すると同時に、背負うものも大きくなったと説明しました。これまでの活動に新たな協力者が加わり、どのように表現を届けるかを考える環境が変わったと捉えられます。吉田は、周囲の人がデビューを喜ぶ姿に触れ、責任感が生まれたとも話しています。塩﨑の言葉にも、未知の経験ができるかもしれないという期待がありました。変化への受け止め方には個人差がありながらも、新しい環境で自分たちの役割を考える姿勢は共通しています。2022年には「奇跡が空に恋を響かせた」「STARS」を発表し、デビューシングルに続く作品を重ねました。最初の一作を出した後も新曲を届け、メジャーレーベルでの活動を継続していったことが分かります。発売を迎えるための準備は、その後の仕事の進め方を学ぶ期間にもなっていました。
制作面で分かりやすいつながりがあるのは、2023年のメジャー1stアルバム『Jewel』に収録された「ジブンエール」です。「夢路」に続いてメンバー全員が作詞し、今回は届けたい曲の方向性を考える段階からメンバー主導で進めたと説明されています。曲調を相談し、候補となる音源を聴き、それぞれが言葉を書いてまとめるという過程を経験しました。デビュー時の課題として始まった作詞が、その後は自分たちで表現を提案する取り組みへ広がった例といえます。同アルバムの初回限定盤Bには過去曲の再録も収録され、初期の曲を現在の5人で歌い直しました。山中と曽野にとっては、ライブで歌ってきた曲を正式に録音する機会でもあり、最初のCDデビュー期と現在の体制を作品として結ぶ取り組みになっています。メジャーデビューの影響を会場の大きさや知名度だけで測ると、こうした制作上の変化を見落としてしまいます。スタッフとの協力が増え、自分たちの言葉を歌にし、過去の楽曲も今の表現で引き継ぐようになったことが、この時期の具体的な変化でした。M!LKのデビューまでの道のりは、選ばれて歌い始めたメンバーが、経験を重ねて自分たちの表現へ責任を持つようになる過程としても読むことができます。
まとめ|M!LKのデビューまでの歩みを振り返ろう
M!LKの出発点には、家族の後押し、ダンスを通じた音楽との出会い、EBiDANでのレッスンやオーディションがありました。異なる経験を持つメンバーが集まり、2014年に結成。アニメのエンディングテーマ起用を経て、2015年に「コーヒーが飲めません」で最初のCDデビューを迎えています。その後も作品と公演を重ね、加入や卒業、活動制限の時期を経験しながら、現在の5人で続ける道を作ってきました。2021年のメジャーデビューへ向けては、決定を受け止める話し合い、ファンへの発表、合宿、作詞といった準備がありました。「Ribbon」とともに自分たちの言葉を収めた「夢路」を届けたことは、5人が制作へ関わるうえでも大切な一歩です。デビュー後には、その経験が次の楽曲づくりや過去曲の再録へつながっています。二つのデビューを分けて振り返ると、M!LKが一度の出来事だけで今の姿になったわけではないと分かります。最初の曲とメジャーデビュー曲、そして後の作品を聴き比べながら、歌声だけでなく、グループとして何を伝えようとしていたのかにも注目してみてください。


