ねぐせ。のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

ねぐせ。のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
ねぐせ。の始まりには、名古屋のライブハウスで歌っていたりょたちと、バンド仲間を探していたなおとの出会いがありました。初めから大きな舞台に立っていたのではなく、曲作り、スタジオ練習、初ライブでの課題、自主制作作品の発表を一つずつ経験しています。この記事では、活動開始前からデビュー直後までに焦点を当て、音楽への興味が実際の活動に変わった過程を解説します。デビューは、2021年4月の1stミニアルバム「ハッピーな暮らし」を音源での出発点として整理し、結成や初ライブとは分けて紹介します。オーディションやメンバー加入も含め、どの経験が次の一歩を支えたのかをたどります。内容は2026年10月7日時点で確認できる情報に基づいています。
ねぐせ。の活動開始前の経歴
ねぐせ。の活動開始前には、後にメンバーとなる人たちが、学校や仕事と並行してそれぞれの経験を積んでいました。ギターとボーカルのりょたちは、大学の軽音楽部でギターを始めたと話しています。ねぐせ。は本人にとって初めて組んだバンドであり、結成前から複数のバンドを渡り歩いていたという経歴ではありません。一方、ドラムのなおととベースのしょうとは、高校時代に一緒にバンドを組んでいた関係です。なおとの父親が運営するstudio VETIXの烏森店には、その頃からしょうとも通っていました。以前のバンドが解散した後も、なおとが働いていたスタジオにしょうとが足を運ぶなど、交流は続いていたといいます。同じ学校の友人だけで一斉に結成したグループではなく、以前から続く関係と、その後に生まれた出会いが合わさったバンドです。活動開始前の背景を分けて見ると、楽器を始めたばかりの頃から歌う機会を探していた人と、すでに仲間と演奏した経験のある人が、それぞれ異なる道を歩いていたことがわかります。
生活面でも、全員が音楽だけに時間を使っていたわけではありません。りょたちは高校時代に焼肉店で働き、その後はコンビニで約4年間アルバイトをしたと振り返っています。しょうとは地盤調査などの仕事を経験し、一時は電気工事の仕事にも就いていました。なおとは接客業のアルバイトを複数経験し、高校時代には鉄板料理店でも働いています。これらは華やかなデビューの話とは違いますが、初期の活動を知るうえで欠かせない生活の背景です。後にメンバーが語った仕事の選び方には、勤務の融通、対面での接客が自分に合うか、経験が役立つかといった具体的な基準がありました。音楽への意欲と日々の生活が、最初から別々に存在していたわけではないのです。ただし、アルバイトの全期間が結成前だったとは限らず、活動開始後まで続いたものもあります。経歴として確かなのは、学校や仕事の経験を持つ人たちが集まり、そこから音楽に使う時間を増やしていったことです。所属校の詳しい名前や本人が説明していない経験を補うより、このように語られている行動を押さえると、結成前の姿を具体的に理解できます。
ねぐせ。が音楽に興味を持ったきっかけ
ねぐせ。の音楽への興味は、全員が同じアーティストや出来事をきっかけに持ったものではありません。りょたちは、Mrs. GREEN APPLEが好きになったことからバンドを好きになったと説明しています。また、2022年のラジオ出演では斉藤和義の「歌うたいのバラッド」を弾き語りし、母親がカラオケでよく歌っていたことが、この曲との出会いだったと話しました。音楽のルーツとして斉藤和義や銀杏BOYSにも触れています。身近な場所で聴いていた歌と、自分で好きになったバンドの音楽が、別々の入口として存在していたわけです。この背景を知ると、りょたちの音楽への関心を、特定の一曲だけで説明する必要はありません。歌そのものへの親しみと、バンドで表現することへの憧れの両方があったと理解できます。その後にギターを手にして歌うようになったことで、聴いて楽しむ経験は、自分でも音楽を届ける行動へ変わっていきました。好きな音楽を持つことと、実際に演奏を始めることが、つながっていった過程です。
なおとの場合は、家庭にあった音楽との距離の近さが、楽器への入口になりました。最初に触れた楽器は、音楽好きの父親が買ってくれた子ども用のドラムです。小学生のときに家族でスタジオへ行き、ドラムをやりたいと伝えて、本格的に始めたと振り返っています。憧れの演奏を聴くだけでなく、自分の希望を口にして楽器を始めた具体的な経験でした。りょたちが歌やバンドの音楽に親しんだのに対して、なおとは早い時期からリズムを演奏する側として音楽に関わっています。この違いは、後に歌を作る人とドラムを叩く人が出会う前提にもなりました。さらに、結成当初の方向性としてバラードを大切にしたことにも、メンバーの好みが関わっています。なおとは、りょたちがバラードを歌うことを好み、歌詞が伝わりやすい曲調として磨きたかったと説明しました。好きな音楽をそのまま再現するだけではなく、目の前の仲間がどんな歌を得意としているかに目を向けたのです。メンバー全員の最初の一曲や楽器を始めた年が明らかになっているわけではありませんが、確認できる話からは、家庭、好きなバンド、楽器の経験が音楽への関心を育てたことが読み取れます。
ねぐせ。が活動を始めたきっかけ
ねぐせ。として活動する直接のきっかけは、りょたちが名古屋のライブハウスで弾き語りをする中で、バンドを組みたいと考えるようになったことです。何度か歌う機会を重ねるうちに、知り合いからドラマーのなおとを紹介されました。この出会いには、先に自分でライブハウスへ出ていた行動が関わっています。バンド仲間との関係が初めからすべてそろっていたのではなく、一人で活動した場所から次のつながりが生まれました。一方、なおとは次に組むバンドを最後にし、そこでうまくいかなければドラムをやめるという気持ちを持っていたと、後年のインタビューで話しています。誰でもよいから組もうという状態ではなく、強い覚悟のある相手を探していました。そこで、りょたちに約1週間で曲を作るよう求めます。新しい仲間として紹介された人に対し、実際の制作を通じて一緒にやっていけるかを確かめた出来事です。単に互いの好きな音楽を話しただけではなく、その次に作れるものを持ち寄った点が、活動へ進む分かれ目でした。
りょたちが持ってきた曲は「恋夜」でした。なおとはワンフレーズ程度でもよいと考えていたものの、完成していたのはフルコーラスの1曲でした。最初にスタジオへ入る際にはコピー曲を演奏する予定もありましたが、用意されたオリジナルを繰り返し練習したと振り返っています。この曲は、完成度だけでなく、相手の求めに応えて手を動かす姿勢を示すものにもなりました。なおとが想定していた以上の形で歌が届いたことで、一緒に音楽を始める意思が具体的になったのです。当初の集まりはりょたち、なおと、当時のギターメンバーの3人で、その後になおとの旧友であるしょうとが加わりました。新しい出会いと以前から続く演奏仲間の関係が結び付き、バンドの編成が整っていきます。歌を作る人、リズムを支える人、曲を一緒に演奏する人がそろったことは、弾き語りからの変化でもありました。活動を始めたきっかけを一つに絞るなら、紹介されたことだけでなく、その出会いを曲作りと練習に変えた行動が重要です。「恋夜」は後に作品にも収録されますが、最初は聴き手に向けた発表以前に、メンバー同士が音楽を共有するための歌として存在していました。
ねぐせ。のデビュー前の活動
ねぐせ。は2020年8月27日に名古屋で結成され、10月から活動を始めました。初作品を発表する前には、名前を決め、練習場所を確保し、外に音楽を届ける準備を進めています。バンド名は、覚えやすいこと、ひらがなであること、誰もが知る言葉であることなどを相談し、りょたちが出した「ねぐせ」という案を採用しました。なおとが句点を加えるアイデアを出し、現在の「ねぐせ。」という表記になっています。寝る間も惜しんでクセになるバンドという意味は、名前を決めた後に付けられたものです。名称を先に大きな理念から作ったのではなく、メンバーの会話から決まった経緯があります。また、笑顔がモットーという紹介も、初期の活動の中から生まれました。なおとは、音楽配信サービスの自己紹介欄を用意する際にこの言葉を書いたと説明しています。全員が互いを十分に知る状態ではなかったため、笑顔が増え、仲よくなれればという思いもあったそうです。音だけでなく、どんな関係で活動するかを考えていた時期でした。
初めてのライブは、2020年10月にstudio VETIXが主催した配信ライブです。結成時期が感染症の流行と重なっていたため、最初から会場に観客を迎えて自由に演奏できたわけではありません。画面を通じて聴き手へ届ける形で、バンドとしての実演が始まりました。練習にはstudio VETIXの鶴舞店を利用し、最初のアーティスト写真もその店の前で撮影したといいます。楽器を合わせる場所と、バンドの姿を外へ示す準備が同じ環境にあったことが、当時の活動の具体像です。さらに、なおとは活動初期にSNSでの発信へ力を入れていたと振り返り、ヤングスキニーとの関係もSNSをきっかけに生まれたと話しています。ここでのSNSは、後に代表曲が広まった出来事とは別に、活動を伝えたり音楽仲間とつながったりする手段でした。作品を発売する前から、練習、配信ライブ、写真、自己紹介、SNSと、複数の方法でバンドを外へ示していたのです。デビュー前の活動を音源が出ていない空白期間として扱うと、こうした準備は見えなくなります。曲を持つだけでなく、どの名前で、どんな姿勢で、どこから届けるかを整える時間でもありました。
ねぐせ。が経験した大きな転機
初期のねぐせ。が経験した大きな転機は、2020年11月にRAD SEVENで行った初の有観客ライブです。配信ライブの経験はあったものの、実際に客席の反応を前にして演奏する段階へ進みました。メンバーはこのとき、チケットの取り置きだけで30~40人ほど集まっていたと振り返っています。しかし、演奏を終えた後に店長から受けた評価は厳しいものでした。何をしたいのかわからないという指摘を受け、本人たちが一生懸命に行ったステージと、観る側が受け取った印象の間に差があることを知ったのです。まだ加入していなかったなおやも、その日に別の出演者を観に来ており、初期のねぐせ。のステージを客席から見ていました。後のメンバーが、演奏する側に入る前にバンドの課題を目にしていたという経緯もあります。この公演は、初めて人前で演奏した記念日だけではなく、曲があることと、ライブとして伝わることの違いを考えるきっかけでした。
その後、メンバーは近くで活動するバンドを見て、よいところを学ぶようになりました。スタジオでは鏡のある部屋を選び、自分たちの演奏中の姿を確認しながら練習しています。音が合っているかだけでなく、客席からどう見えるかにも目を向けた改善でした。出演の機会を増やすため、サーキットイベントの主催者へ直接会いに行き、参加したいという意思も伝えました。まだ音源がなく、ライブを観てもらっていない段階でも、自分たちなら観客を集められると伝えたといいます。2021年2月には「でらロックフェスティバル2021」に初出演し、入場規制がかかりました。なおとは、その結果がほかのサーキットイベントへ呼ばれるきっかけになったと振り返っています。重要なのは、厳しい評価を受けた後に練習だけを続けたのではなく、改善した演奏を見てもらう場も自分たちで探したことです。練習、出演への働きかけ、会場での反応という順に経験がつながりました。この段階で得た機会は、音源発売を待ってから活動するのではなく、作品を出す前から聴き手と会えるバンドへ進んだことを示します。デビューにつながる転機は、一度の成功だけではなく、課題を知って行動を変えた過程にありました。
ねぐせ。がデビューにつながったきっかけ
ねぐせ。の音源での出発点となったのは、2021年4月に発売した自主制作の1stミニアルバム「ハッピーな暮らし」です。収録曲は「恋夜」「秋の終」「猫背と癖」「最愛」「彩り」の5曲でした。結成や初ライブとは違い、家でも繰り返し聴ける一つの作品として音楽を届けた節目です。この発表につながった背景には、オリジナル曲の蓄積と、練習を続けられる場所、録音できる環境がありました。制作はstudio VETIXで行っています。なおとの父親が運営するスタジオですが、なおとは最初に、息子としてではなく一つのバンドとして接してほしいと伝えたといいます。りょたちも、練習場所を確保できることはありがたかったと振り返っています。身近な制作環境があったことは確かですが、それを使ってバンドとして練習し、曲を形にする行動を重ねていました。突然作品だけが用意されたのではなく、実際に曲を合わせていた場所で録音へ進んだ点が、初作品に至る道のりの特徴です。
継続できる仕組みを作ることも、音源を発表するまでの活動を支えていました。なおとは、事務所に所属する前には資金管理やマネジメントを担い、りょたちに曲作りへ集中してほしかったと話しています。また、音楽を本気でやると決めた際には、複数のアルバイトをやめ、音楽スタジオでの仕事に絞りました。練習の後にそのまま働けることや、音楽活動への理解がある仲間と勤務を調整できることが、両立しやすさにつながったと説明しています。りょたちは、コンビニの深夜勤務中に浮かんだメロディーを覚えておき、帰宅後にギターで録音したことも明かしました。具体的な曲名や制作日がすべて示されているわけではありませんが、日々の生活の中にも曲作りの時間を見つけていたことがわかります。音源でのデビューにつながったきっかけを、スカウトや契約の一場面だけで説明することはできません。確認できる経緯では、歌を作る人がいて、演奏する仲間が集まり、練習と録音の場所があり、活動を続ける役割分担が整っていました。曲、演奏、制作環境、日々の運営が結び付き、初めてのミニアルバムを発表する段階へ進んだのです。
ねぐせ。のデビュー当時の活動
初作品を発表した2021年春から夏にかけて、ねぐせ。は音源を届ける活動とライブの経験を並行して広げました。5月には「FREEDOM NAGOYA 2021 EXPO」の出演オーディションで優勝し、6月のイベントに出演しています。これがバンドにとって初の野外フェスでした。このオーディションは、バンドを結成するための選考でも、初作品を出す条件でもありません。すでに活動し、音源も発表したねぐせ。が、次の出演機会を得た出来事です。デビューまでの道のりを調べる際には、作品発売と出演オーディションの順番を押さえると混同を避けられます。地元のライブハウスで演奏してきた段階から、野外のイベントで新しい聴き手に届ける段階へ進みました。7月には「渋谷JACK」に初出演し、O-Crestでトリを担当して入場規制がかかっています。名古屋で始まった活動が、東京のサーキットイベントにも広がった時期です。作品を聴ける状態と、地域を越えて実演に触れられる機会が、同じ年に整っていきました。
メンバー体制にも変化がありました。ギターのなおやは2021年春からサポートとして参加し、8月に正式加入しています。名古屋のライブハウスでの交流を通じて関係がつながり、サポートを申し出たと振り返っています。なおやには以前からバンド経験があり、しょうとはそのパフォーマンスに刺激を受け、自分たちもよいステージにしようと思ったと説明しました。楽器の担当が埋まることに加え、演奏の見せ方にも影響があった加入です。現在の4人が結成日に同時に集まったのではなく、初期の活動の途中で今の編成ができた点も、デビュー当時を知るうえで重要です。8月には新栄ハートランドで結成1周年の初ワンマンライブを2部制で開催し、チケットは完売しました。ほかのバンドと共演する機会に加え、自分たちを目当てに来た人へまとまった公演を届ける段階へ進んだのです。作品の発売後にすぐ活動の形式が固定されたわけではなく、出演する場所とメンバーの関係が同時に変わっていました。初音源、出演権の獲得、地域を越えた演奏、正式メンバーの加入、初ワンマンという動きが、デビュー直後のねぐせ。を形作っています。
ねぐせ。のデビューがその後の活動に与えた影響
初作品の発表後、ねぐせ。は音源とライブを組み合わせて活動を広げるようになりました。2021年10月には2ndミニアルバム「スペースシャトルで君の家まで」を自主制作で発売し、11~12月には東名阪、広島、福岡の5か所でリリース対バンツアーを行っています。2枚目もstudio VETIXで録音しました。最初の作品で使った制作環境が、次の音源を作る場所としても働いたわけです。対バンツアーでは、発売した曲を会場へ届けると同時に、共演相手の観客と出会う機会も生まれます。1枚目を出したことは終着点ではなく、曲を発表し、各地で演奏し、さらに次の曲へ進む流れの始まりでした。2022年には「ベイベイベイビー!」や「グッドな音楽を」を配信し、9月14日に3rdミニアルバム「ワンダーランドに愛情を!」を発売しています。聴き手が一曲に出会ったとき、ほかの曲へ進める作品の蓄積が、初期から少しずつ増えていました。
その後に「グッドな音楽を」がTikTokで広まり、「日常革命」がストリーミングでも聴かれるようになったことは、音楽を届ける範囲を広げました。ただし、SNSで知られた時点が活動の始まりだったわけではありません。先に複数の作品とライブの経験があり、注目した人が聴いたり観たりできる活動が積み重なっていたのです。初期の曲も、その後の作品の中で扱われています。2024年の1stフルアルバム「ファンタジーな祝日を!!!」には、「猫背と癖」や「花束が似合う君へ」「スーパー愛したい」の再録を収録しました。発表済みの曲を当時の演奏やアレンジで作り直したもので、古い作品を残すことと、新しい表現へ進むことが両立しています。ライブ面でも、初期のRAD SEVENとの関係は続き、日本武道館公演では同会場を思わせる市松模様の床を採用しました。曲を作った場所、演奏を学んだ会場、作品として残した歌が、その後の活動の中にも引き継がれています。デビューの影響は、知名度が上がったという一言だけでは捉えられません。音楽を記録して共有する方法を持ち、次の作品と公演へつなげる土台ができたことが、初期の発表がもたらした変化でした。
まとめ|ねぐせ。のデビューまでの歩みを振り返ろう
ねぐせ。のデビューまでの道のりは、音楽への興味が、出会い、曲作り、練習、実演へと変わっていく過程でした。りょたちの弾き語りからなおととの関係が生まれ、短期間で用意した「恋夜」が、仲間と演奏する活動の入口になっています。2020年の結成後は配信ライブを経験し、初の有観客ライブで受けた厳しい評価をきっかけに、見せ方を磨きました。出演への働きかけも続け、作品発売前から新しい聴き手と出会っています。2021年4月の自主制作盤「ハッピーな暮らし」は、そうした活動を音源として残した出発点です。その背景には、練習と録音を支えるスタジオ、曲作りと運営の役割分担、生活と音楽を両立する工夫がありました。発表後も野外フェス、メンバー加入、初ワンマンと経験を重ね、次の作品へ進みます。ねぐせ。の初期を知ると、後のSNSでの広がりだけでは見えない、作品とライブの土台が理解できます。最初の音源と後年の再録を聴き比べたり、年代の違うステージを見たりすると、歌がどう育ってきたかを確かめられるでしょう。デビューは一度きりの出来事であると同時に、次の制作と演奏へ向かう始まりでもあったのです。


