LiSAのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

LiSAのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
LiSAのソロデビューにつながったのは、一度のオーディションだけではありません。幼いころの歌への関心、沖縄でのレッスン、岐阜でのバンド活動、東京でのライブが、歌い手としての経験を形作りました。アニメ『Angel Beats!』のガルデモへの参加では、作品の登場人物を歌う役割と出会い、その後、自分自身を伝えるソロ作品へ進んでいます。2010年の歌唱担当としての活動と、2011年のソロデビューを分けて見ると、どの経験が次の挑戦へつながったのかが分かります。この記事では、活動開始前からデビュー直後までを中心に、本人の発言と当時の作品を手がかりとして、音楽との出会い、活動の選択、表現の変化を詳しくたどります。
LiSAの活動開始前の経歴
LiSAは1987年6月24日生まれ、岐阜県関市出身です。歌手として仕事を始める前から歌うことは好きでしたが、人前で自分を出すことには、得意な面と苦手な面がありました。本人は、3、4歳のころは人見知りで、知らない人や初めての場所では母の後ろに隠れていたと話しています。一方、家では歌ったり、はしゃいだりする元気な子どもだったそうです。その様子を見た母が、ミュージカル教室へ通わせたことが、表現を学ぶ入口になりました。年長のころには歌が好きだという気持ちを自覚し、小学生になるころには人前へ出られるようになったと振り返っています。現在のステージ上の姿を知っている人も、この経験を押さえると、最初から大勢の前で歌う自信があったわけではないと分かります。音楽を好きになることと、他の人に見てもらうことの間に、教室で学ぶ時間がありました。活動開始前の経歴を考えるうえでは、作品を発表した時期だけでなく、歌や体の動きを使って表現する場に出会ったことも重要です。ミュージカルの経験は、歌うことを生活の楽しみから、人に伝える表現へ近づける機会になりました。
歌は、レッスンの時間だけにあったものではありません。本人は、学校へ歩いて通う途中にも歌い、同じ曲の音の高さを変えて繰り返す遊びをしていたと説明しています。専門的な言葉を使わなくても、声を出して音の違いを楽しむ時間が、日常にありました。また、地元での思い出として、団地に同年代の子どもが多く、外へ出ると友達に会えたことや、活発に遊んでいたことも語っています。人見知りという言葉だけでは、こうした生活の面までは説明できません。家庭、友達、教室というそれぞれの場所で、違う形の自分を出していたことが分かります。この段階では、後のようにアニメ主題歌を担当したり、自分のアルバムを出したりする活動が始まっていたわけではありません。まず歌うことが好きで、それを学ぶ場があり、自分の声で表現する経験が増えていった時期です。後にロックを中心とした音楽で知られるようになりますが、最初の入口は、一つのジャンルやバンドだけではありませんでした。歌、演技、動きを合わせた表現に触れたうえで、憧れるアーティストを見つけ、さらにバンドで歌う道へ進んでいきます。幼少期の経験を知ると、デビュー前の活動には、異なる表現を試してきた積み重ねがあると理解できます。
LiSAが音楽に興味を持ったきっかけ
LiSAが歌手になりたいと考えるきっかけになったのは、テレビで見たSPEEDです。本人は、自分と近い年代の島袋寛子が歌って踊る姿を見て、自分も同じような仕事をしてみたいと思ったと話しています。歌を楽しむことに加えて、誰かの前で歌い、表現を届ける仕事への憧れが生まれました。その後、小学生の時期に親元を離れ、沖縄のスクールへ通って歌やダンスを学びます。ホームステイをしながら生活し、地元を離れた環境でレッスンを受けました。本人は、母が応援してくれたことや、現地の人が温かく迎えてくれたことを振り返っています。好きなアーティストをテレビで見る段階から、自分も技術を学ぶ段階へ進んだ経験です。ただし、そのまま歌手としての仕事が決まったわけではありません。デビューの夢が実現しないまま、中学時代には岐阜へ戻っています。歌手への憧れは早くからありましたが、実際の活動の形は、その後も変わっていきました。沖縄で学んだ歌やダンスを持って、地元で別の音楽と出会う流れになります。
岐阜へ戻ってからは、ロックやパンクへの関心が加わりました。本人は、先輩から音楽を教わり、アヴリル・ラヴィーンを好きになったことを語っています。歌って踊るアーティストへの憧れに、バンドの演奏の中で歌う音楽への興味が重なりました。この変化を、以前の音楽をすべて捨てた出来事として考える必要はありません。2011年のデビュー時のインタビューでは、ポップロックをやってきた一方、それ以前にはTLCやジャネット・ジャクソンもよく聴き、R&Bやダンスにも関心があったと説明しています。複数の音楽を聴いた経験が、デビュー作品の歌唱や選ぶ曲の幅につながっていました。後にロックの曲を歌うようになったからといって、出発点からずっと同じ音楽だけを目指していたわけではないのです。また、本人は幼いころの憧れと、歌を仕事にする決心を区別して語っています。好きな歌手のようになりたいという思いを持ちながらも、地元にいる時期には、その夢を現実の進路として考えることが難しかったそうです。音楽に興味を持ったきっかけは、SPEEDの存在です。その後、聴く音楽が増え、自分で歌う経験を重ねたことで、憧れをどのように形にするかという課題へ進んでいきました。
LiSAが活動を始めたきっかけ
LiSAが仲間と音楽を演奏するようになったきっかけは、中学2年生のころ、先輩からバンドへ誘われたことです。2014年のインタビューで本人が説明しています。教室で学ぶだけでなく、一緒に音を出す相手ができたことで、歌う場所が変わりました。その時期のバンド活動を経て、高校へ入ってからも再びバンドを組み、パンクバンド「CHUCKY」で活動しています。ここでは、歌を練習することに加え、実際に聴いてもらう場所を探す経験をしました。岐阜のライブハウス「BRAVO」へ行き、ライブをしたいと直接相談した際には、自分たちでイベントを企画するように言われています。そこで共演するバンドを探し、公演を行いました。歌える曲があるだけでは、ステージへ立つ機会が自動的にできるわけではありません。出演する場を作り、他の出演者と協力して、観客へ届ける必要があります。LiSAはバンドで歌う中で、そうした活動の仕組みにも触れました。音楽を好きで聴く立場から、自分たちが演奏する時間と場所を用意する立場へ進んだことが、この時期の変化です。
高校卒業後もバンド活動を続け、ライブハウスでアルバイトをしていました。そこには東京を拠点とするバンドも出演しており、仕事として音楽を続ける人の姿に接しています。本人は、それを見て、もう一度音楽の道を目指したいという思いが強くなったと説明しています。自分のバンドで歌うことと、活動を続けている他の音楽家を見ることが、次の選択へつながりました。周囲の人が将来の目標を見つけていく中で、自分が何をしたいのかを考えた際、続けてきたものは歌だったとも話しています。幼少期からの憧れがあるだけでなく、実際に自分が時間を使ってきたものを見直し、音楽で挑戦することを選んだのです。地元のバンドが解散した後も、その思いは続き、東京へ活動の場所を移しました。デビューまでの道のりでは、バンドの解散は活動の終わりではなく、歌い続ける方法を改めて考える節目になっています。地元で仲間と活動した経験を持ったうえで、別の場所でも歌を聴いてもらう道を探し始めました。活動開始のきっかけには、先輩の誘い、自分たちで作った出演機会、ライブハウスで見た音楽家の姿という、複数の人や場所との出会いが関わっています。
LiSAのデビュー前の活動
東京へ来たLiSAは、高田馬場周辺を足場に、ライブとアルバイトを続けていました。上京前から東京へ演奏や曲作りのために来ており、サポートメンバーと集まっていたスタジオの近くを、生活する場所に選んだと話しています。夜のリハーサルを終えて歩いて帰れることが、街を選ぶ理由になりました。東京で活動していたバンドは「Love is Same All」です。この時期には年上のメンバーに演奏を支えてもらいながら、歌手として必要なことを学んでいます。本人は、ライブ後にステージ上の振る舞いや発言、物販などについて指摘を受けていたと振り返っています。地元で自分を知る人へ歌う場合と異なり、東京では初めて自分を見る観客へ伝えなければなりません。歌唱だけでなく、曲の間の言葉や、次も来たいと思ってもらうステージの作り方も課題になりました。本人は、この時期のスタジオを、音楽を仕事にするためのことを学んだ場所として捉えています。バンドの活動は、曲を演奏する機会であると同時に、歌手としての仕事を学ぶ時間でもありました。
生活を支えるために、ドラッグストアやたばこ店などで働いていました。ライブやリハーサルの費用、サポートメンバーへの支払いがあり、出演を増やすとアルバイトの時間が減るという難しさもあったと説明しています。活動を続けるための条件を整えながら、次の機会を探していた時期です。ライブだけで十分な収入を得ていたという経歴ではありません。さらに、オーディション雑誌やインターネットで情報を調べ、応募できるものへ挑戦していました。歌手としての可能性を求めながら、音楽以外の分野も含め、自分を必要としてもらえる場所を探していたと語っています。年齢条件に合う募集を見つける必要もあり、応募先を探すこと自体が活動の一部でした。重要なのは、デビューが決まる前から、ライブで経験を積むことと、外から評価してもらう機会を探すことを並行していた点です。オーディションの結果を待つだけでなく、演奏や練習を続けていました。東京での活動は、生活、ライブ、仲間との制作、応募を組み合わせたものであり、それぞれが次の仕事を受けるための準備につながっています。この積み重ねの中で、歌い手として新しい役割に挑戦する機会が訪れました。
LiSAが経験した大きな転機
LiSAの活動が大きく変わったのは、2010年のテレビアニメ『Angel Beats!』に登場するバンド「Girls Dead Monster」、通称ガルデモへの参加です。LiSAは、登場人物であるユイの歌唱を担当しました。ユイの声優としての出演と、楽曲の歌唱担当は別の役割であり、LiSAにとっては歌い手として作品に参加する機会でした。ただし、その話を受けるまでには、東京で一緒に活動してきた仲間との関係をどうするかという迷いがありました。本人は、Love is Same Allで多くのことを学び、できるならメンバーと一緒に次の場所へ行きたいと思っていたと振り返っています。自分の声が選ばれたことを喜ぶ一方、支えてくれた人を残して進むことには葛藤がありました。そのとき、バンドのメンバーが、東京へ来た目的を思い出させるように新しい挑戦を勧めてくれました。本人は、背中を押してもらえたからこそ、ガルデモの活動に集中できたと説明しています。新しい仕事の機会に加え、それを受ける決心を支える言葉があったことが、この転機の重要な部分です。自分だけで結果を出そうとしていた時期から、仲間の応援を受けて別の役割を引き受ける段階へ進みました。
ガルデモへの参加は、活動の場所だけでなく、自分の声をどう生かすかという考え方にも変化をもたらしました。LiSAは後のラジオで、それまでさまざまな音楽を試していた自分が、ガルデモでバンドの音楽とアニメの世界観を組み合わせた表現に出会ったことを話しています。制作を担った麻枝准からは、ユイの元気さや可愛らしさを意識した歌い方を求められました。以前のバンドでは勢いよく強く歌うことに意識が向いていた一方、この仕事では、声の鋭さに加えて可愛らしさも表現する必要がありました。その経験から、本人は自分の声に両方の特徴があることを認識したといいます。これは、歌い慣れた方法を繰り返すだけでは得にくかった発見です。登場人物を表現するという課題が、自分自身の歌声を知る機会にもなりました。バンドで身につけた力強さを土台にしながら、言葉の印象や明るさを変えることで、別の魅力を伝えられると分かったのです。ガルデモはアニメ作品との最初の大きな接点であるとともに、後のソロ活動へ持ち込む歌唱の幅を見つけた場所でもありました。
LiSAがデビューにつながったきっかけ
ガルデモの楽曲が発売されると、LiSAの歌は、ライブハウスへ来た人だけでなく、アニメやCDを通して聴く人にも届くようになりました。2010年5月12日にはシングル「Thousand Enemies」、6月9日には「Little Braver」が発売されています。オリコン週間シングルランキングの最高順位は、それぞれ4位と2位でした。6月30日にはアルバム『Keep The Beats!』が発売され、週間アルバムランキングで最高6位を記録しています。歌唱担当として参加した作品が、具体的な販売実績を伴って聴かれるようになった時期です。さらに、同年夏にはライブツアー「Keep The Angel Beats!」が行われました。音源で知った歌を、本人の声で直接聴いてもらう機会へつなげています。CDやアニメから入った人との接点が増え、これまでのライブ活動で磨いてきた表現を、別の観客へ届けることになりました。作品を通じて知られた声が、ステージで歌う本人の姿と結びついたことも、ソロ活動へ進む前の重要な経験です。ガルデモでは、楽曲の発売とライブが続く中で、歌手として活動する場が広がっていきました。
一方、ソロへ進むときには、すでに知られている登場人物の歌を歌う場合とは違う課題がありました。LiSAは2016年のインタビューで、ガルデモではユイとして歌うことで作品のファンに聴いてもらえたものの、ソロでは自分を知ってもらう必要があると考えたことを説明しています。次の作品では、LiSA自身がどんな人なのか、何を好きで、どんな気持ちを持っているのかを伝えることが大切になりました。ソロデビューへつながったのは、ガルデモで注目されたという結果だけでなく、その経験を踏まえ、自分自身を歌で紹介する方向ができたことです。作品の人物を表現してきた歌い手が、自分の人生や感情を歌うための言葉を選ぶようになりました。これは、名前だけを変えて同じ活動を続ける以上の意味を持ちます。歌唱で表現する相手が、登場人物から本人へと変わり、その人を知ってもらうための作品作りが必要になったからです。ガルデモで歌を聴いた人に、自分自身も選んで聴いてもらうにはどうするか。その問いが、ソロデビュー作の内容につながりました。歌い手として得た機会を、本人の言葉で伝える作品へ発展させたことが、デビューへの次の一歩です。
LiSAのデビュー当時の活動
LiSAは2011年4月20日、ミニアルバム『Letters to U』でソロデビューしました。全7曲の作品で、本人は全曲の作詞に関わっています。「ミライカゼ」は、あにーとの共同作詞です。作曲には、岸田、ハチ、wowaka、田淵智也など、異なる活動の場を持つ作家が参加しました。「エスケープゲーム」は後に米津玄師としても活動するハチ、「覚醒屋」はwowaka、「妄想コントローラー」はUNISON SQUARE GARDENの田淵智也が作曲しています。本人の言葉と各作家の音楽で構成した作品です。冒頭の「Believe in myself」は、LiSA自身が作詞・作曲した曲です。本人は発売直後のブログで、最初のCDを届けられることになり、最も伝えたい気持ちを音と言葉に込めたと説明しています。過去の自分へ、今の自分だから伝えられることを考えた楽曲でした。また、この曲のアレンジと演奏には、Love is Same Allのメンバーが関わっています。自分の頭の中にある音を仲間に伝え、何度も調整して曲へ仕上げたと振り返っており、以前のバンド活動の関係が、ソロ作品の制作でも生きていました。
発売後には、作品を直接届けるライブやイベントが続きました。4月23日には、名古屋と地元の岐阜でリリースイベントを行っています。本人はその直前、名古屋のタワーレコードでのイベント開催に以前から憧れていたことや、岐阜駅でアコースティックギターを持って路上ライブをしていたことをブログで記しました。歌い続けてきた地域へ、CDを発売した歌手として戻る機会だったことが分かります。さらに5月25日の大阪BIGCAT、5月27日の渋谷O-EASTでは、初のソロライブツアー「LiVE is Smile Always~Letters to U~」の公演が行われました。その後は追加公演も実施され、7月には上海でもライブを行っています。ソロデビュー当時は、音源を出して活動を終えるのではなく、自分の楽曲を使ってステージを作り、各地で聴いてもらう時期でもありました。CDでは歌詞と声を通して自己紹介し、ライブでは実際の歌唱や曲の間の言葉を通して、本人の姿を届けています。仲間や作家との制作、以前から歌っていた土地への訪問、ソロ公演の開催を合わせて見ると、作品とライブの両方で、自分自身の音楽活動を始めた節目だったと分かります。
LiSAのデビューがその後の活動に与えた影響
ソロデビューによって、LiSAは、自分の言葉で作品を作ることと、他の作家が生み出した曲を歌うことを、両方続けられるようになりました。本人の作詞と複数の作家による作曲を組み合わせたことは、その後の制作でも重要です。歌い手の考えや歌声を中心に、違う人の音楽を一つの作品へまとめる方法です。2011年11月23日には、初のシングル「oath sign」を発売しました。テレビアニメ『Fate/Zero』のオープニングテーマで、作詞・作曲は渡辺翔が担当しています。自分自身を紹介するアルバムを出した後に、アニメの物語と結びついた楽曲をソロ名義で歌うようになりました。ガルデモで経験した作品の世界観を表現する仕事が、本人の名前による活動にもつながっています。自身の人生を歌う曲と、物語を受け取って歌う曲は、制作の出発点が異なります。その両方を歌う機会が、ソロデビューの年にできていたことが、その後の活動の幅を理解する手がかりになります。デビュー前からのバンド経験に、アニメの歌唱と自身の作品作りが重なり、複数の表現を行き来する土台ができました。
制作に参加した人との関係も、その後へ続いています。田淵智也とはデビュー作から協働し、2013年の「best day, best way」などへつながりました。LiSAは2018年のインタビューで、この曲が出たころに、自分がLiSAとしてどう生きていくかという姿勢が定まったと振り返っています。同じインタビューでは、ベストアルバムの新曲「Believe in ourselves」にも触れています。デビュー作の「Believe in myself」で自分を信じる気持ちを示したことに対し、その後は一緒に進んできた人たちを含めた思いを歌うようになりました。最初に自分を知ってもらおうとした活動が、聴いてきた人や支えてきた人との関係を表現する活動へ育ったと読み取れます。2026年にはソロデビュー15周年を迎え、7枚目の作品『LACE UP』を発表しています。作品やステージが増えた現在から初期を振り返ると、仲間と音を作ること、歌に自分の気持ちを込めること、作品に求められる表現へ挑戦することが、出発点にあったと分かります。過去の経験を次の仕事へ持ち込む歩みが、ここにはあります。ソロデビューは、それまでの歩みを作品にまとめ、その先の活動を進めるための基点になりました。
まとめ|LiSAのデビューまでの歩みを振り返ろう
LiSAのデビューまでの道のりには、歌への憧れを、具体的な活動へ変えていく過程がありました。幼いころのミュージカル、沖縄でのレッスン、岐阜でのバンド活動を通して、歌う方法と歌う場所を探してきました。東京では、アルバイトで生活を支えながら仲間と演奏し、オーディションにも挑戦しています。大きな転機となったガルデモへの参加には、新しい仕事の機会だけでなく、バンド仲間の後押しがありました。また、ユイを表現する歌唱を通じて、自分の声の特徴を知る経験もしています。その後のソロデビューでは、LiSA自身を知ってもらうことが課題になりました。2011年の『Letters to U』に本人の言葉が込められているのは、こうした流れがあったからです。以前の仲間や新たに出会った作家と音楽を作り、ライブで届ける方法は、デビュー後も続いていきました。初期の楽曲を聴く際には、夢を実際の活動へ移す決心、仲間との関係、歌い手としての発見に注目すると、作品の背景がより分かります。デビューは、それまでに出会った音楽や人との経験を、自分の作品とステージへ結びつけた節目でした。その歩みを知ることが、LiSAの歌を楽しむ新たな入口になります。


