JO1のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

出典:小学館

JO1のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

JO1のデビューは、異なる場所で暮らし、別々の経験を積んできた若者たちが、一つのオーディションで出会ったことから始まりました。音楽への憧れを持ちながら働いていた人、大学生活と進路選びの間で迷っていた人、すでにダンサーとして舞台に立っていた人。それぞれの選択が、2019年の「PRODUCE 101 JAPAN」への参加と、2020年3月4日のCDデビューにつながっています。この記事では、結成当時のメンバーの背景、応募を決めた理由、選考中の課題、デビューに向けた準備を中心に解説します。発売後の実績だけでは見えにくい、JO1がグループとして出発するまでの過程をたどっていきましょう。

JO1の活動開始前の経歴

JO1の活動開始前の経歴を理解するには、結成当時のメンバーがそれぞれ異なる環境で経験を積んでいたことを押さえる必要があります。学校に通っていた人、一般企業で働いていた人、芸能やダンスの経験があった人が、それぞれの生活からオーディションに参加しました。例えば、豆原一成は岡山県で高校生活を送っており、部活動とダンスに取り組んでいました。一方、川尻蓮はバックダンサーやダンスを教える仕事を経験していました。同じダンス経験者でも、学校生活の中で練習を続ける立場と、仕事として他者のステージを支える立場では、積み重ねてきた経験が異なります。後に同じグループで踊ることになる二人にも、こうした出発点の違いがありました。歌やダンスの経験年数だけでなく、どのような場所で音楽と関わっていたのかを見ると、結成前の姿を具体的に理解できます。

川西拓実は高校卒業後に就職し、四輪バギーの実験・開発に関わる仕事を約2年間経験していました。テレビやラジオでは、会社員として働く一方で芸能の世界への憧れがあったことを振り返っています。河野純喜は大学生として就職活動をしており、與那城奨は沖縄から上京して大学に通い、生活費をアルバイトで得ながら歌手になる夢を追っていました。また、白岩瑠姫は高校時代にバンドを組み、ギター・ボーカルを担当しながら作詞作曲にも取り組んでいました。このように、JO1への参加が初めて本格的に芸能の道を選ぶ機会になった人もいれば、それまでの表現活動を次の段階へ進める機会になった人もいます。全員を一括して「何も経験していない状態から出てきた」と捉えると、こうした違いが見えなくなります。ダンスやバンドの経験がある場合も、歌いながら複数人で隊形をそろえる活動には、新たに学ぶことがありました。結成前に身につけた得意分野と、これから習得する必要がある技術が、それぞれにあったのです。JO1の出発点は、学校、職場、練習場などで育まれた異なる経験が集まったところにあります。この背景を知っておくと、選考中に誰が何を得意とし、どの課題に向き合っていたのかも読み取りやすくなります。

JO1が音楽に興味を持ったきっかけ

JO1のメンバーが音楽に関心を持ったきっかけは、一つのジャンルやアーティストに統一されていません。川尻蓮がダンスの原点として挙げているのは、マイケル・ジャクソンです。幼い頃に見た動きの格好よさ、とりわけムーンウォークの印象を語っており、音だけでなく身体表現を通して音楽に引き込まれたことが分かります。豆原一成には、ダンスをしていた姉の影響がありました。子どもの頃から姉の踊りに触れ、その後、GENERATIONSのパフォーマンスを見たことが、本格的にダンスを習いたいと思うきっかけになっています。中学2年生からダンススクールに通い、三代目 J SOUL BROTHERSの「R.Y.U.S.E.I.」なども踊っていました。憧れの映像を見るだけでなく、自分の身体で動きを覚える段階へ進んだことが、後のオーディションで披露する技術につながっています。音楽を聴く楽しさと、踊って表現する楽しさが結びついていた点が、二人の話から読み取れます。

歌への関心では、河野純喜と金城碧海がEXILEのATSUSHIから受けた影響を挙げています。河野は、車内で流れていた音楽に親しみ、歌い方をまねてきたと話しています。デビュー後も、歌い方に迷った際には憧れの歌手の表現を振り返ると説明しており、幼い頃の音楽体験が継続的な手本になっていました。金城は、家族が聴く女性ボーカルの楽曲に親しんでいましたが、変声期を経て以前のように歌えなくなった時期があったと振り返っています。そこでEXILEの音楽に触れ、男性の声で表現する魅力を感じ、「song for you」などを聴いて歌うようになりました。同じ歌手への憧れでも、河野にとっては身近な音楽の延長にあり、金城にとっては自分の声の変化と向き合う中で見つけた手がかりだったのです。こうした個人のルーツを、そのままJO1全体の音楽ジャンルと同一視することはできません。ただ、メンバーが歌やダンスを始める以前から、声の響き、動き、舞台での見せ方にそれぞれ惹かれていたことは確認できます。後にグループとして同じ楽曲に取り組む際にも、一人ひとりが異なる表現の手本を持っていたと理解すると、歌声やダンスの個性を楽しむ視点が増えるでしょう。

JO1が活動を始めたきっかけ

音楽への憧れを持つことと、実際にオーディションへ応募することの間には、もう一つの決断が必要でした。JO1のメンバーにとって、その一歩を具体的にした機会が2019年の「PRODUCE 101 JAPAN」です。與那城奨は、アルバイト先の後輩から日本で行われるオーディションの存在を教えてもらいました。歌手を目指していた一方でダンス経験がなく、応募を考えるうえでは、その点が気がかりだったといいます。しかし、ダンス未経験でも参加できることを知り、挑戦へ進みました。ここで注目したいのは、自分の強みである歌を持ちながら、足りない部分を選考や練習を通じて伸ばす道を選んだことです。川西拓実にも、母親からオーディションを勧められたというきっかけがありました。以前から芸能の世界を意識しつつも現実的な進路としては距離を感じていた中で、募集情報が、夢を実際の応募へ変える接点になったのです。参加できる場所が具体的に見つかったことが、二人の次の行動を後押ししました。

豆原一成も、姉から番組の情報を教えられたことが参加につながりました。家族が本人の好きなことを知り、挑戦できる場所を知らせるという、身近な働きかけが見られます。一方、河野純喜の場合は、就職という具体的な選択肢との間で判断する必要がありました。企業から内定を得ていましたが、歌う夢を諦められず、内定を断って参加を決めたと振り返っています。後のインタビューでは、挑戦する怖さだけでなく、挑戦せずに終わることへの思いも語っています。結果が決まっていない段階で、自分が望む道を選んだという経験です。応募の事情を比べると、家族や知人の勧め、募集条件によって生まれた可能性、将来の仕事をめぐる選択が重なっていたことが分かります。もともとの夢が同じでも、踏み出す際の事情は一様ではありませんでした。また、応募を勧めた人がいたことと、本人が選考に向けて行動したことは別の段階です。周囲から届いた情報を受け止め、自分の意思で参加したところに、それぞれの活動開始の節目があります。JO1誕生の前には、音楽を好きでいる日常から、音楽を仕事にする可能性に向き合う時間があったのです。

JO1のデビュー前の活動

JO1のデビュー前の活動を語るうえで中心になるのが、「PRODUCE 101 JAPAN」の練習生として過ごした期間です。この段階ではJO1という固定メンバーのグループはまだ成立しておらず、参加者はデビュー候補として歌やダンスの課題に取り組んでいました。番組では、テーマ曲「ツカメ~It's Coming~」をはじめ、ポジション評価などのステージを通じて実力を示していきます。歌、ラップ、ダンスには異なる技術が必要であり、得意分野を披露するだけではなく、与えられた楽曲の中で役割を果たすことが求められました。個人の練習に加えて、複数人で一つの演目を仕上げる時間があったことが、この時期の重要な特徴です。自分の動きが正確でも、周囲とのタイミングが合わなければ、グループとしての見え方は変わります。番組の課題は、個人の可能性を見せる場であると同時に、集団でパフォーマンスを作る経験を積む場でもありました。公式動画によってステージが公開され、参加者の表現を視聴者が繰り返し見られる環境も用意されていました。

ただし、練習生に選ばれた時点で歌とダンスの両方に慣れていたわけではありません。與那城奨は、課題曲の振り付けを覚える初日の練習に苦労したと話しています。歌えることと、決められた振り付けを短い期間で習得することは、別の課題だったのです。河野純喜も、ダンス中に焦って動きが先に出てしまう癖について、川尻蓮の指摘によって修正できたと振り返っています。経験者から具体的な助言を受け、練習の中で動きを直すという関係が、本人たちの言葉から確認できます。こうした場面を見ると、オーディションは技術を共有する場でもあったと考えられます。一緒に練習する相手は選考上の競争相手でもあり、その相手と協力して舞台を仕上げる必要がありました。その両面を経験したことは、後にグループとして活動する際の背景になります。また、完成した舞台に加えて、練習中にうまくできなかったことも本人たちが語っているため、どの部分に苦労し、どう改善したのかを具体的にたどれます。振り付けを覚える速度、音に合わせる正確さ、周りと動きをそろえる意識といった課題への取り組みが、ステージに立つための準備でした。経験の差がある中で助言し合ったことも、デビュー前の活動を理解する手がかりになります。

JO1が経験した大きな転機

JO1のメンバーが選考中に経験した転機には、順位の変化だけでなく、人前で表現する際の意識の変化があります。河野純喜は、オーディションを経て自信がついたことを、デビュー前後のインタビューで語っています。当初は周囲の目が気になっていましたが、練習を重ねて舞台に立つ中で、自分が取り組んだものを出そうと考えられるようになったといいます。この変化は、歌やダンスの技術が伸びることとは関係しながらも、別の側面です。練習でできることを本番で示すには、見られている状況に向き合う必要があります。大学生活から公開オーディションへ進んだ河野にとって、観客やカメラを前に歌い踊る経験を重ねること自体が、新しい環境への適応でした。デビューへの準備は、課題曲を覚え終えれば完了するものではありません。積み重ねた練習を本番に持ち込み、自分の表現として見せることまで含まれていたと分かります。

人間関係の面でも、デビュー後の活動につながる経験がありました。鶴房汐恩は、大平祥生とオーディション中にすれ違った際、大平から話し合いを持ちかけられたことを振り返っています。考え方の違いが生じたときに言葉を交わした経験を知ると、グループになる過程を具体的に理解できます。技術の高い参加者が集まっても、互いの考えを伝えなければ共同作業は進めにくくなります。このエピソードからは、歌やダンス以外にも、相手と向き合う姿勢が培われていたことがうかがえます。また、選考が続く中では、一緒に練習した相手が次の段階へ進めないこともありました。川尻蓮は、脱落する参加者への思いを含めて、オーディションを通じた自身の感情の変化を語っています。同じ目標を持つ相手と親しくなり、その全員がデビューできるわけではないという現実にも直面していたのです。こうした転機は、練習、本番、話し合い、別れを重ねる中にありました。自分の結果だけでなく、一緒に過ごす相手の気持ちや状況にも向き合う経験だったと考えられます。選考を通じて、他者との関係や舞台への向き合い方が変わっていったことが、本人たちの回想から伝わります。こうした変化を押さえると、選考結果だけでは説明できない、共同で活動するための土台が見えてきます。

JO1がデビューにつながったきっかけ

JO1のデビューを直接決めたのは、2019年12月11日に放送された「PRODUCE 101 JAPAN」の最終結果です。約6,000人の応募者から書類・実技の選考を経て101人が練習生となり、最後のステージには20人が進みました。視聴者は「国民プロデューサー」と呼ばれ、投票によってデビューする11人が決定しました。最終順位は豆原一成が1位、川尻蓮が2位、川西拓実が3位で、続いて大平祥生、鶴房汐恩、白岩瑠姫、佐藤景瑚、木全翔也、河野純喜、金城碧海、與那城奨が選ばれています。ここで扱うのは結成当時のメンバーです。最終回では「YOUNG」「GrandMaster」の課題曲が披露され、グループ名も明らかになりました。練習生としての取り組みを見てもらう期間があり、その後の投票結果が、実際に同じグループで活動する人選へ結びついたという流れです。

ただし、選ばれた日とCDデビューの日は同じではありません。結成から作品を発売するまでには、グループとしての準備期間がありました。メンバーは韓国で合宿を行い、デビューに向けて練習を重ねています。選考中には課題ごとに異なる相手と組むことがありましたが、ここからはJO1として同じメンバーで作品と舞台を作る段階へ移りました。川尻は、オーディション中に自分がデビューすることへ向けていた意識が、結成後にはチームとして進む意識へ変わったと語っています。投票で選ばれることは、その後の共同作業の出発点でもあったのです。この期間を経て、2020年1月29日にはデビューシングル「PROTOSTAR」のコンセプトトレーラーが公開されました。番組の課題に挑む練習生という姿に加え、作品ごとの衣装、映像、楽曲の世界観を持つアーティストとしての姿が提示され始めます。デビューにつながった要因を整理すると、制度としては最終投票、実際の活動準備としては結成後の練習と作品制作という二つの段階があります。順位だけで作品が完成するわけではなく、個人として選ばれた人たちが、同じ音楽を届けるために準備する必要がありました。オーディションの結果発表から発売までの時間に目を向けることで、JO1のデビューが、選抜とグループとしての立ち上げを経たものだったと理解できます。

JO1のデビュー当時の活動

JO1はCD発売に先立ち、2020年1月31日と2月1日にパシフィコ横浜、2月18日から20日に大阪のオリックス劇場で初のファンミーティングを開催しました。結成後のメンバーが、JO1としてファンと対面する機会です。選考中はデビューを目指す参加者として見られていましたが、この時期には、これから作品を発表するグループとして舞台に立っていました。さらに2月には「無限大」のミュージックビデオが公開され、曲とダンス、映像を組み合わせてデビュー作を届ける準備が進みます。ファンミーティングで直接姿を見せることと、映像を通じて会場に来られない人にも楽曲を届けることが、発売前に並行して行われていたのです。番組を視聴していた人がグループの新たな姿に触れる一方、番組を知らない人にとっては、楽曲やミュージックビデオがJO1を知る入口になる構成でした。結成直後から、番組の外で自分たちを紹介する活動が始まっていました。

そして2020年3月4日、JO1はLAPONEエンタテインメントからシングル「PROTOSTAR」でCDデビューしました。リード曲は「無限大」です。通常盤には「Running」「La Pa Pa Pam」と、番組のテーマ曲を歌い直した「ツカメ~It's Coming~(JO1 ver.)」も収録されました。新しい楽曲とオーディションにつながる楽曲が同じ作品に入っており、グループとしての出発と、それまでの歩みを一枚で聴ける内容になっています。発売後の3月7日には「La Pa Pa Pam」のパフォーマンス映像も公開され、リード曲以外の表現を見せる発信が続きました。作品の売上では、初週32.7万枚を記録し、3月16日付のオリコン週間シングルランキングで初登場1位を獲得しています。ただし、デビュー当時は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、発売日に予定していたイベントが中止になるなど、直接ファンに会う活動には制約がありました。発売と対面イベントを一体で展開できる状況ではなかったことも、この時期を理解するうえで欠かせません。JO1のデビュー直後には、作品が届いたという成果と、思い描いていた交流の機会を持てない状況が同時にありました。音楽や映像を発表し続けながら、どのようにファンとの接点を作るかが、早くも活動上の課題になったのです。

JO1のデビューがその後の活動に与えた影響

JO1にとってデビューは、選考のために用意された舞台から、自分たちの作品を継続して届ける活動へ移る節目でした。その変化は、最初の一年の動きにも表れています。2020年8月26日には2枚目のシングル「STARGAZER」、11月25日には初アルバム「The STAR」を発売しました。一度の課題を仕上げて次の審査を待つ形から、新しい作品を準備し、発表し、その表現を磨く活動へと進んだのです。楽曲が増えれば、歌い方や振り付けだけでなく、曲ごとの雰囲気を切り替える経験も増えていきます。デビュー作は最初の成果であると同時に、その後の変化を聴き比べる基準にもなりました。白岩瑠姫は2021年のインタビューで、JO1になる前にも歌って踊る活動をしていたものの、結成後には見てもらえる人の数が変わったと説明しています。同じ表現に取り組んでいても、届けられる範囲が広がったことが、デビューによる具体的な変化だったと分かります。

また、対面活動が制限された年には、ライブをオンラインで届ける取り組みが進みました。2020年12月19日には初の単独オンラインライブ「STARLIGHT」を開催しています。音源や短い動画の発表に加えて、まとまった公演としてパフォーマンスを届ける場が設けられたことになります。その後、2022年3月には、デビューからの約2年間を振り返るドキュメンタリー映画「JO1 THE MOVIE『未完成』-Go to the TOP-」が公開されました。活動の過程そのものを見せる作品が作られたことは、オーディションから歩みを追ってきた人にも、後からグループを知った人にも、デビュー直後の経験を振り返る機会になりました。さらに、活動前の経験が後の仕事へつながった例として、白岩の高校時代のバンド活動があります。本人は、その頃に作った「ひまわり」が、2025年公開の映画「アズワン/AS ONE」の仕事につながったと話しています。グループとしてデビューしたことで、それ以前の創作経験も別の形で届くようになった事例といえるでしょう。こうして見ると、JO1のデビューが与えた影響は、作品を継続して発表する環境、表現を届ける相手、過去の経験を生かす機会の広がりにあります。デビュー以前の積み重ねが、その後の活動の中で改めて意味を持っているのです。

まとめ|JO1のデビューまでの歩みを振り返ろう

JO1のデビューまでの道のりには、音楽への憧れを育てた時間と、それを実際の行動へ変えた決断がありました。学校生活や仕事、ダンスやバンドの経験など、結成前の背景はメンバーごとに異なります。家族や知人から届いたオーディションの情報、就職と夢の間での選択が、それぞれを「PRODUCE 101 JAPAN」へ導きました。選考中には、歌やダンスの課題に加え、人前で表現する自信や、仲間と協力する姿勢も育まれています。2019年12月11日の最終結果によってグループが成立した後も、合宿や作品制作、ファンミーティングを経て、2020年3月4日の「PROTOSTAR」発売へ進みました。デビュー当時は感染症拡大による活動の制約もあり、作品を届ける方法を模索する出発になっています。この過程を知ると、「無限大」はデビューを告げる楽曲として、「ツカメ~It's Coming~」はその前の挑戦につながる楽曲として、異なる意味を持って聴こえるでしょう。憧れ、応募、練習、選抜、そして作品発表という段階をたどりながら、JO1の音楽とパフォーマンスを楽しんでみてください。

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