Saucy Dogのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

出典:Fender News

Saucy Dogのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

Saucy Dogのデビューまでの道のりは、3人が集まってすぐに作品を発売したという単純なものではありません。石原慎也、秋澤和貴、せとゆいかは、それぞれ異なる環境で音楽に親しみ、進学や仕事、別のバンドでの活動を経て出会いました。結成後には石原一人になる時期もあり、再始動してからは自主制作盤とライブを通して、自分たちの音楽を届ける方法を探しています。この記事では、活動開始前の経験、音楽との出会い、メンバー交代、全国を回ったツアー、オーディションでの転機を詳しく紹介します。2017年の初全国流通作品『カントリーロード』をデビューの節目として捉え、どの経験がその一枚につながり、その後の活動の土台になったのかを解説します。

Saucy Dogの活動開始前の経歴

Saucy Dogの現在のメンバーは、ボーカル・ギターの石原慎也、ベースの秋澤和貴、ドラム・コーラスのせとゆいかです。3人が同じ地域で育ち、学生時代からずっと一緒に演奏していたわけではありません。石原は島根県、秋澤は高知県、せとは奈良県の出身で、関西での進学や音楽活動を通して接点を持ちました。石原と秋澤は、同じ音楽の専門学校で学んだ関係です。石原は高校からバンドを始め、人前で表現することや、音楽を通して知られる存在になることに関心を持っていました。ただし、最初から現在のボーカル像だけを目標にしていたのではなく、ギタリストを目指して地元を離れた時期もあります。歌への意識は、その後の活動を通して深まっていきました。一方、秋澤は当初、録音などで演奏を担うスタジオミュージシャンとして音楽を仕事にしようと考えていました。周囲には楽器の上手な人がおり、自分の演奏を比べて自信をなくすこともあったと振り返っています。途中で別のバンドに誘われ、演奏家としての進路と迷った末にバンドを選び、学校を卒業した後もその活動を続けました。Saucy Dogへの加入前から、自分に合う音楽との関わり方を探していたのです。

せとは奈良の大学で軽音楽部に入り、バンド活動をしていました。高校までの勉強や進学を経た後、将来どのような仕事をしたいのかを考え、大学を辞めてアパレルの仕事に就きます。その間も音楽は続けており、服屋で働きながら奈良のバンドで演奏していました。本人は、大学を辞めると決めたことで、次の仕事に向き合おうとした経緯を語っています。音楽を学ぶために大阪へ来た2人とは違い、学業や仕事と並行して演奏を重ねた歩みでした。3人の活動開始前を比べると、プロの音楽家を目指すこと、バンドを続けること、好きな演奏を仕事にすることは、それぞれ別の判断だったと分かります。一度進路を選んだから、そのまま迷わずデビューへ進んだわけではありません。他のバンドでの活動や、その後の休止・解散を経験したことも、次の選択につながります。加入前に別々の場所で演奏していた経験は、新しい編成で活動する際の土台になりました。学校での出会いだけを結成の理由にするより、それぞれが進路や活動の形を考えていた時期に、演奏を共にする機会が生まれたと見ると、3人の関係を理解しやすくなります。

Saucy Dogが音楽に興味を持ったきっかけ

石原が音楽に触れた背景には、家族と学校での楽器経験があります。父親はドラム、母親はクラリネット、姉たちはトロンボーンやトランペットに親しんでいました。石原も小学校の金管バンドクラブに入り、チューバを担当します。後にギターを持って歌うようになりますが、入り口は一人での弾き語りではなく、仲間と音を合わせる演奏でした。中学の吹奏楽部では2年生で副部長を務め、金賞を目指す中で、音楽を奏でることと部員を引っ張る面白さを知ったと話しています。演奏会ではクラシックに加えてJ-POPにも取り組み、さまざまな曲を合奏する経験を重ねました。歌手として最初に好きになった人物には尾崎豊を挙げ、アコースティックギターを始めるきっかけには、ザ・ビートルズの「ブラックバード」があります。音楽への関心が、合奏から歌、さらにギターへと広がった流れです。高校では仲間に誘われてバンドを始めました。音楽が身近にあったことに加え、一緒に演奏する人との出会いが、聴くだけの関わりからバンド活動へ進むきっかけになっています。

秋澤は、音楽好きの両親が家や車で曲を流す環境で育ちました。中学生の頃には、母親が買ってきたアークティック・モンキーズのアルバムを聴き、音楽の面白さを強く感じたと語っています。小学校高学年から中学3年までは野球をしていましたが、引退した夏に実家にあったギターとベースへ触れ、曲のコピーに夢中になりました。その後、高校では本格的にバンドを始めています。せとも幼い頃からピアノを習い、音楽好きの兄の影響を受けていました。ただし、中学・高校ではソフトテニス部で、ドラムとの出会いは軽音楽部の友人を通したものです。部室で叩かせてもらい、教わったことができた経験から興味を深め、大学で軽音楽部に入りました。さらに、学園祭でAge Factoryがオリジナル曲を演奏する姿を見たことが、真剣にバンドへ取り組むきっかけになっています。好きな曲を演奏する楽しさに、自分たちの音楽で表現する面白さが加わった経験です。家庭での音楽、学校の部活動、友人の演奏、実際のライブは、3人にそれぞれ違う形で働きかけました。ひとつの共通した原体験ではなく、別々の興味や得意な楽器が後に集まり、歌を中心とするバンドを作ることになります。

Saucy Dogが活動を始めたきっかけ

Saucy Dogは、2013年11月16日に大阪で結成されました。当初から今の3人で始まったバンドではなく、石原は他のメンバーに歌を聴かれ、ボーカルとして誘われた側でした。本人は、最初から歌うことに強いこだわりがあったわけではないとも語っています。ギターを学び、弾き語りをしていた経験が、人前で歌う役割へつながった形です。結成当初は4人編成で、その後3人になり、さらにメンバー交代を経ていきました。この順番を知ると、バンド名と現在のメンバー構成が同時に生まれたと誤解せずに済みます。初期の曲作りでは、石原が歌詞やメロディを作り、当時のベーシストがコードを付けることもありました。現在の制作方法と全く同じではなく、当時の仲間と役割を分けて音楽を作っていたのです。石原は後の取材で、以前は比較的暗く静かな曲が多かったと振り返っています。最初から代表曲のイメージを完成させて活動していたのではなく、編成や制作の担い手が変わる中で、曲の表情も変わっていきました。誘われて歌ったこと、仲間とオリジナル曲を作ったことが、Saucy Dogとして活動を続ける最初の経験になります。

大きな岐路は、2015年12月26日に前メンバーが脱退し、石原だけが残ったことでした。バンドとしての演奏を続けるには、改めて仲間を探す必要があります。石原はソロ名義へ変えたり、新しい名前で別のグループを始めたりするのではなく、Saucy Dogという名前を残しました。本人は、以前の仲間とこの名前で売れるまで頑張ろうと思っていたことや、一人になっても同じ名前で活動したかったことを話しています。名前を維持したのは、過去の活動を切り捨てて出直すのではなく、その歩みを引き受けて続ける選択だったと捉えられます。一方、演奏の形まで以前のままに保つことはできません。石原が新しい仲間へ声をかけ、曲作りも組み直したことで、現在の活動へ進む準備が始まりました。結成のきっかけと再始動のきっかけは、ここでは別の出来事です。最初は歌を聴いたメンバーから誘われて参加し、一人になった後は自分から次の活動を作る側へ移りました。こうした立場の変化を押さえると、デビューへの道のりは、結成した年から一直線に進んだものではないと分かります。バンドを続ける決断が、新しいメンバーとの出会いを活動につなげる出発点になりました。

Saucy Dogのデビュー前の活動

2016年4月3日、秋澤が加入し、Saucy Dogは堺東Goithで自主企画ライブを行って再始動しました。250人規模の公演は完売となっています。秋澤は以前からSaucy Dogの演奏を見ており、石原の声が印象に残っていました。自身のバンドが活動休止になった時期に加入の誘いを受け、それまでの経験を生かしてもう一度取り組めると感じたことを語っています。せとはサポートドラマーとして参加し、8月2日に正式加入しました。自身のバンドの解散後、音楽を続けるか仕事の道へ進むか迷っていた時期で、加入した瞬間にすべての不安がなくなったわけではありません。最初はできるところまで演奏を続けようという気持ちで、経験を重ねながら考えが変わっていったと振り返っています。同日には自主制作EP『あしあと』をライブ会場限定で発売しました。新しい編成で演奏するだけでなく、曲を音源として届ける活動も始めた節目です。バンドは同作を携え、リリースツアー「たどる」で全国約30か所を回りました。作品を売る場所と、自分たちの演奏を見せる場所を重ねながら、各地で活動を続けていた時期です。

この頃の活動は、メンバー自身が移動や生活を共有するものでした。機材車で寝泊まりし、炊飯器を持ってツアーを回っていたことも、後の取材で語られています。また、3人になってから作った無料配布用の音源『テイクミー』を、全国のライブハウスに置いてもらっていました。後に石原は、各会場へ50枚、100枚単位で音源を置いていたと振り返っています。ここでの『テイクミー』は、2020年に発売した同名ミニアルバムとは別の初期音源です。無料のCDも活用しながら、自分たちを知らない人に聴いてもらう入口を作っていました。初めて訪れる場所での演奏は、技術だけでなく、観客にどう曲を伝えるかを考える経験にもなります。石原が歌とギターで持ってきた曲へ、秋澤のベースとせとのドラムを加える制作も進み、再始動後には曲の全体を石原が組み立てる機会が増えました。メンバーは、最初から特定のジャンルを完成させるより、その時点で良いと感じた音楽を作っていたと話しています。音源を作る、持って移動する、ライブで届けるという活動を繰り返す中で、3人の編成に合う曲と演奏が育っていきました。その蓄積が、次に臨む選考の場でも生かされます。

Saucy Dogが経験した大きな転機

2016年のツアーは、Saucy Dogの演奏だけでなく、ライブへの考え方を変えた時期でした。デビュー直後のインタビューで、メンバーは当初の演奏を振り返り、歌詞が出てこなくなって演奏を止めることもあったと話しています。今の3人になれば、最初から完成したライブができたわけではありません。経験を重ねるうちに、自分たちの中だけで良い演奏だと思うことから、観客に何を届けたいのかを考える方向へ意識が変わりました。せとは、観客がいるからライブがあり、その人たちへ向けて演奏するという考えが生まれたと説明しています。石原も、ギターや自分の演奏に自信を持てず前を向いて歌えない時期を経て、歌で伝えることを大切にするようになりました。秋澤は、石原が一人でバンドを引っ張ろうとしていた状態から、メンバーへ信頼を寄せるようになり、歌も変化したと振り返っています。こうした証言から、再始動後の成長は演奏回数だけでは測れないと分かります。3人が曲を支え合う関係と、目の前の人へ歌う姿勢が、同時に育っていったのです。

その変化が一つの結果になったのが、2016年12月4日の「MASH FIGHT! Vol.5」でした。MASH A&Rのオーディションで、Saucy DogはYAJICO GIRLとともにグランプリを受賞しています。決勝では、応募に使った「Wake」をそのまま中心に据えるのではなく、当時の3人が限られた時間で届けたい曲を選びました。全員が選んだ曲に「いつか」が含まれており、最後に演奏したこの曲は、受賞を振り返る際にも重要な一曲として挙げられています。ただし、メンバーは結果を曲の力だけに帰していません。せとは、その年にツアーを重ねていたことも受賞の背景にあると話しています。持ち曲の中から何を選び、どう届けるかを考えられるようになったことが、選考当日の演奏につながりました。受賞後には、自分たちの活動が外から評価されたことで自信が付き、さらに上を目指せるようになったとも語っています。賞を獲得した事実に加え、迷いながら続けていた3人が、今後も一緒に進む意識を確かめた点が大きな転機です。ライブで培った演奏と関係性が評価され、その結果が次の制作や活動へ向かう気持ちを支えました。

Saucy Dogがデビューにつながったきっかけ

オーディションでの受賞後、Saucy Dogは、ライブで届けてきた曲をより広い場所へ伝える段階に進みます。2016年12月27日には、自主制作EP『あしあと』に収録した「いつか」のミュージックビデオを公開しました。ライブへ来られる人や会場でCDを買った人に加え、映像を通して初めてバンドを知る人にも届く形になったのです。秋澤は後の取材で、その前に回っていたツアーが映像制作につながったことに言及しています。ライブとインターネットでの発信は別々に突然始まったものではなく、現場で作ったつながりが、次の届け方へ結び付いていました。「いつか」は、石原がギターと歌で持ってきた形に、ベースやドラムを加えていく中で生まれた曲です。石原は、言葉の響きから蓄えていた単語を、自分の経験と結び付けて情景を描く方法も語っています。オーディション向けの勝負曲だけを特別に作ったのではなく、普段の制作から生まれ、ライブで届ける曲として選ばれた作品でした。この曲が映像でも聴けるようになったことは、演奏を見た人以外へ活動を広げる接点になります。

2017年1月13日には、阿倍野ROCKTOWNで「たどる」のツアーファイナルを行い、15日には「MASHROOM 2017」に出演しました。自主制作盤を携えた活動の区切りと、受賞後の新しい出演機会が続いた時期です。その先に、初の全国流通作品となる『カントリーロード』の発売があります。メンバーは同作について、アルバムを作るために新たなテーマを決めて曲をそろえたのではなく、すでに持っている曲をまとめ、応援してくれる人へ届けたいという考えから作ったと説明しています。ライブで演奏してきた曲を、一枚の作品として各地へ届ける発想でした。タイトルは、ツアーの移動中に石原が考えたものです。夜の高速道路を運転しながら、「カントリー・ロード」が示す道のイメージを、自分たちがまだ見えない未来へ進む状況に重ねました。提案したタイトルには3人とも納得したと話しています。デビューにつながったきっかけは、受賞だけで完結しません。届けたい曲があり、演奏を続けた経験があり、映像やイベントで接点が増え、それらを全国流通作品へまとめる機会が生まれました。ツアーで進んできた道を作品名にも重ねた一枚は、当時の3人の活動を表すものになりました。

Saucy Dogのデビュー当時の活動

Saucy Dogは2017年5月24日、1stミニアルバム『カントリーロード』を発売しました。初全国流通作品で、会場限定の自主制作盤から、各地の店頭などで手に取れる作品へ進んだ節目です。結成、再始動、初全国流通作品の発売は異なる出来事で、この記事ではこの発売をデビューの重要な段階として扱っています。作品には「煙」「ナイトクロージング」「いつか」「ジオラマ」「マザーロード」「Wake」「グッバイ」の7曲を収録しました。後に代表曲となる一曲だけでなく、当時のバンドが持つ曲の幅を示す構成です。メンバーは発売時、自分たちができる音楽を詰め込んだ、名刺のような作品だと説明しています。すでにライブで演奏していた曲を中心に、一枚を通してバンドを知ってもらえる形にしました。別れや後悔などを描く歌詞も収められ、石原は、悲しい気持ちを歌にすることや、日常で気になった言葉を使う制作について話しています。音楽活動を始める前から歌詞の作り方が完成していたわけではなく、経験や曲作りを通して、身近な感情を伝える方向が育ってきたことも見えてきます。

発売後は、作品を携えたライブ活動を続けました。2017年9月には「カントリーロード RELEASE TOUR FINAL SERIES『ずっと ~東名阪対バンツアー~』」を開催しています。会場は大阪の江坂MUSE、名古屋のUPSET、東京の渋谷TSUTAYA O-Crestで、全公演が完売しました。大阪・名古屋にはSIX LOUNGE、東京にはハルカミライが出演するなど、共演者とともに各地へ曲を届ける形でした。全国流通作品を発売した直後に、ライブで出会ってきた観客との関係が途切れたわけではありません。音源を聴いてから演奏を見に来る人、共演者の公演で初めてバンドを知る人など、異なる入口を持つ観客へ向けて活動を続けています。当時のインタビューでは、秋澤は自分が納得できる面白い作品を作り、ジャンルを越えて音楽をしたいと話し、せとはより広く知られるバンドになりたいという希望を語っています。石原も、よくある題材を自分の見方で歌詞にすることを目指していました。こうした言葉は、その後の成功を先に知っていた証拠ではなく、デビューした時点で持っていた目標です。作品を出して活動を終えるのでなく、今できる曲を届けながら、次に作る音楽や演奏の場を考えていた姿が分かります。

Saucy Dogのデビューがその後の活動に与えた影響

『カントリーロード』の発売によって、Saucy Dogには、ライブで会わなくても一枚の作品から音楽を知ってもらえる入口ができました。その後、2018年には2ndミニアルバム『サラダデイズ』を発表し、初のワンマンツアー「one-one tour 2018」を開催します。追加公演を含む全国11か所が即日完売となり、他のバンドとの共演だけでなく、自分たちの曲で一つの公演を作る活動が広がりました。曲をまとめて聴ける作品と、それを演奏するツアーを組み合わせる形が続いていったことを示します。また、再始動後に身に付けた、観客へ向けて歌う姿勢や、3人で曲を支える関係も、その後の演奏を考える土台になりました。2020年のインタビューでも、石原は初期のツアーで一緒に過ごした思い出が、活動を支えていると語っています。デビュー前の経験は、過去の苦労話として終わるものではなく、制作で迷う時や、先が見えにくい時に振り返る原点として残っていました。無料配布音源と同じ『テイクミー』を後の作品名に用いたことにも、初期の届け方へ立ち返るつながりがあります。

活動の場は、その後、日本武道館やアリーナへ広がり、2022年にはNHK紅白歌合戦にも初出場しました。近年の代表曲「シンデレラボーイ」から知った人にも、初期の作品を聴けば、それ以前から積み重ねてきた歌や演奏に触れることができます。2025年12月17日には9thミニアルバム『カレーライス』を発売し、2026年1月4日には京セラドーム大阪で初の単独ドーム公演「A NEW DAWN」を開催しました。この舞台では、新しい作品の曲に加えて、デビュー盤にも収めた「煙」「いつか」「グッバイ」が演奏されています。会場の規模や活動の種類が変わっても、初期の曲が現在の演奏の中に残っていることを確かめられる例です。同年9月にはドーム公演の映像作品を発売し、10月6日時点では2027年まで続くアリーナツアー「NEW GAME +」を開催しています。当時まとめた曲を聴く入口が残り、ツアーで得た経験がメンバーの記憶や制作に引き継がれたことは、本人の言葉と活動から読み取れます。今のSaucy Dogを知る際にも、最初の一枚とその前の歩みは、バンドの原点を理解する手がかりになります。

まとめ|Saucy Dogのデビューまでの歩みを振り返ろう

Saucy Dogのデビューまでの道のりには、3人それぞれの音楽との出会いと、進路や活動を選び直した経験があります。石原慎也は吹奏楽やギターを経て歌う役割へ進み、秋澤和貴は家庭で聴いた音楽と楽器のコピーからバンドに親しみました。せとゆいかも友人のドラムや大学で見た演奏をきっかけに、音楽へ真剣に取り組むようになります。2013年の結成後、石原一人になった時期を経て、2016年に現在の3人で再始動しました。自主制作EP『あしあと』、無料配布音源、全国を回るツアーを通して、曲を届ける方法と互いの信頼を育てています。「MASH FIGHT! Vol.5」のグランプリ受賞は、その経験が評価され、次の活動へ進む自信を得た転機でした。「いつか」の映像公開やイベント出演を経て、2017年に初全国流通作品『カントリーロード』を発売します。デビューは一度の受賞だけで実現したものではなく、演奏、制作、出会いが重なった節目です。初期の曲は後の大きな会場でも演奏され、ツアーの記憶も活動の原点として残っています。代表曲に加えて最初の作品集へ耳を傾けると、Saucy Dogがどのように歩み始めたのかを、音楽とともに理解できるでしょう。

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