原因は自分にある。のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

原因は自分にある。のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
原因は自分にある。のデビューは、7人が突然集まり、現在の名前で歌い始めた出来事ではありません。個人の芸能活動、研究生としての経験、BATTLE STREETでのステージを経て、独立と改名、デビュー曲への挑戦が重なった結果です。音楽に興味を持った理由もメンバーごとに異なり、最初から現在のグループ像が完成していたわけではありません。この記事では、原因は自分にある。の活動開始前からCDデビュー直後までに焦点を当て、どのような経験が7人の出発を支えたのかを解説します。スカウトや音楽との出会い、デビュー前の活動、名前が変わったときの思いをたどりながら、後の表現につながる転機を本人たちの発言と具体的な出来事から紹介します。
原因は自分にある。の活動開始前の経歴
原因は自分にある。の歩みを知るには、7人組になる前のメンバーそれぞれの活動を見る必要があります。現在のメンバーは、大倉空人、小泉光咲、桜木雅哉、長野凌大、武藤潤、杢代和人、吉澤要人です。最年長の武藤は2001年生まれ、最年少の桜木は2006年生まれで、同じ学年や同じ地域の仲間として集まったわけではありません。東京都、神奈川県、宮城県、静岡県という異なる出身地を持つ7人が、スターダストプロモーションでの活動を通して出会いました。大倉は2015年にスカウトされ、事務所へ所属しています。長野は2015年の舞台『Birth』や2016年のドラマ『コールドケース~真実の扉~』などに出演しており、グループのCDデビュー以前から演技の現場を経験していました。こうした経歴を見ると、音楽の仕事と俳優の仕事が、必ずしも順番に切り替わってきたものではないと分かります。個人として現場に立つ経験と、後にグループで表現する経験が、それぞれの活動の中で重なっていきました。
グループ活動へ進む時期にも、個人の出演は続いていました。2018年には桜木が映画『走れ!T校バスケット部』に、長野がドラマ『花のち晴れ~花男 Next Season~』に出演しました。武藤も同年公開の映画『春待つ僕ら』に参加し、杢代は2018年に俳優としての活動を始めています。現在も7人が映像作品や舞台に出演していることを考えると、演技への接点はデビュー後に突然生まれたものではありません。一方、小泉は中学時代にサッカーへ打ち込み、宮城県のクラブチームでベスト4に入った経験を持っています。吉澤はバレエやジャズダンスを特技としており、グループに集まるまでに触れてきたものは一様ではありませんでした。ただし、スポーツや演技の経験が、そのまま特定の歌唱力やダンスの技術を生んだと断定することはできません。確認できるのは、7人が異なる日常と活動歴を持っていたことです。その違いを踏まえると、デビューまでの道のりは、同じ条件の人が同じ課題をこなした過程ではなく、それぞれの経験を一つのステージへ結び付けていく過程として理解できます。原因は自分にある。の出発点には、まず一人ひとりの芸能活動と、表現に触れてきた時間がありました。
原因は自分にある。が音楽に興味を持ったきっかけ
音楽に興味を持った理由は、7人の間でも異なります。本人たちが2021年のインタビューで語った内容によると、大倉空人は芸能活動を始めた中学1年生の頃から音楽に取り組みました。小泉光咲は、スカウトされた当初は音楽に強い関心があったわけではなく、先輩たちのライブを見て興味を持つようになったと話しています。桜木雅哉は、テレビの音楽番組に出演するアーティストのまねをすることが好きだったという原点を持っています。長野凌大の場合は、先に事務所へ入っていた弟の初めてのライブを見たことがきっかけでした。ステージに立つ人たちの姿にひかれ、自分も同じ場所へ行きたいと思ったのです。身近な人の舞台、テレビの中の歌い手、先輩のライブなど、音楽との接点はそれぞれ違いました。特に小泉や長野の話からは、実際のパフォーマンスを見た経験が、観客として楽しむ気持ちから、自分も表現したいという気持ちへの変化につながったことが分かります。
武藤潤は、事務所に入ったことと同時に音楽も始めようと思ったと語っています。杢代和人は入所前からアイドルに関心があり、事務所にボーイズグループがあると知って、研究生として活動を始めました。吉澤要人はもともとミュージカル俳優になる夢を持っており、スカウト後にEBiDANで活動することになって本格的に音楽へ取り組んでいます。また、普段の音楽の聴き方からも、その関係が見えてきます。大倉は、ダンスの練習では洋楽を聴き、眠れないときには映画『君の名は。』のサウンドトラックを聴くなど、場面によって音楽を選ぶと話しています。活動のために練習する曲だけでなく、自分の気持ちや生活に合う音楽にも触れているのです。こうした聴き方を、そのままグループの全楽曲のルーツと考えることはできませんが、歌い手として活動する中にもある、聴き手としての感覚を知る手がかりになります。7人の出発点には、作品の世界を楽しむ気持ちと、自分も誰かに届けたいという気持ちがありました。文学的な曲名や複雑なメロディーで知られる現在の姿も、こうした個人的な音楽との出会いの先にあると考えると、より身近に感じられるでしょう。
原因は自分にある。が活動を始めたきっかけ
原因は自分にある。につながるグループ活動の土台となったのは、スターダストの若手男性アーティスト集団「EBiDAN」です。メンバーは、個人の芸能活動と並行して、歌やダンスを届ける活動に関わるようになりました。EBiDANには複数のグループや若手アーティストの活動が含まれています。その中のどの段階で7人がまとまったのかを見ると、個人の入所から現在のグループへ至る経緯を整理できます。事務所へ入るきっかけと、7人組で活動するきっかけは別の段階です。芸能界へ入った時点で現在の名前やデビュー曲が決まっていたわけではなく、活動を続ける中でグループへつながっていきました。特に、研究生プロジェクト「BATTLE BOYS」は、その経緯を理解するうえで重要です。個人として名前を覚えてもらう活動から、複数のメンバーで歌やダンスを届ける活動へ進む場となり、その中から前身の「BATTLE STREET」が生まれました。
BATTLE STREETとしての活動が始まったのは2018年です。現在の「原因は自分にある。」という名前でのCD発売は翌年になりますが、それ以前からグループの原型は存在していました。ここを押さえると、デビューを「ある日突然7人が選ばれて完成した出来事」と考えずに済みます。実際には、研究生としての活動があり、前身ユニットとして同じステージに立つ時間があり、その先に独立したグループとしての出発がありました。また、個人での出演とグループの活動では、相手との関係が変わります。自分がどう見えるかだけでなく、声や動きを周囲とどう組み合わせるかが必要になります。後年のインタビューでメンバーが語った、楽曲のイメージを共有する工夫も、こうした集団での表現と結び付くものです。最初から全員が同じ得意分野を持っていなくても、一緒に活動する中で見せ方をつくっていく余地がありました。グループが活動を始めたきっかけをまとめると、事務所での個々の経験がEBiDANの活動に結び付き、BATTLE BOYSを経て、BATTLE STREETという具体的な形になったことです。スカウトや応募は個人の入口であり、研究生としての活動とユニットの成立が、7人の道を重ねる入口になりました。
原因は自分にある。のデビュー前の活動
デビュー前の活動を具体的にたどれる出来事の一つが、2018年11月23日に東京・お台場で行われたBATTLE STREETのプレお披露目イベントです。この時点で、現在のメンバー7人がそろってステージに立っています。翌年の独立や改名より前に、7人組として観客へパフォーマンスを届けていたことが分かる節目です。当時の活動には「ebidence」の発売に関連したイベントもあり、現在のグループ名になる前から、作品とステージを結び付けて見せる機会がありました。後年のインタビューでこのお台場のイベントが話題になった際には、メンバーが当時を懐かしむとともに、まだデビューできるか分からなかった頃だと振り返っています。現在から見ればデビューへ続く一場面でも、その時点ですべての進路が確定していたわけではありません。目の前のイベントで7人を知ってもらい、次の活動へつなげていく段階だったのです。
初期の活動を、順調な成功だけで説明することもできません。長野凌大は、BATTLE STREET時代のリリースイベントでは観客が少なく、思春期のメンバー同士でぶつかることもあったとインタビューで振り返っています。具体的な対立の原因や解決方法まで推測することはできませんが、最初から何もかも息が合っていたわけではないことは分かります。異なる年齢や経験を持つ7人が一つのグループになるには、同じ場に集まるだけでなく、表現の方向を共有する時間が必要でした。その工夫の一つとして、デビュー前頃から曲を色や風景、物に例えてイメージを合わせていたことが語られています。例えば、抽象的な感情をそのまま伝えるより、具体的な景色を思い浮かべることで、歌や表情の方向を話し合いやすくなります。これは、振り付けを同じ順番で踊ることに加えて、曲をどう見せたいかまでそろえる取り組みといえるでしょう。デビュー前のイベント経験と、作品のイメージを共有する習慣は、後に世界観を重視するグループへ進むうえで意味を持つ経験でした。小さな場面の積み重ねから、7人で表現するための考え方が育っていったことがうかがえます。
原因は自分にある。が経験した大きな転機
BATTLE STREETにとって大きな転機になったのは、2019年7月7日、東京・豊洲PITで行われた『BATTLE BOYS LIVE 2019 ~DREAMS COME TRUE~』です。この公演でBATTLE BOYSから卒業し、独立したグループとして活動していくことが発表されました。所属事務所がデビュー日としているのは、この7月7日です。現在のグループ名でCDを発売した日とは別に、7人が研究生プロジェクトから次の段階へ進んだ日が記念日になっています。デビュー前の経歴を調べると、活動開始の年やCD発売の日付が複数出てきますが、それぞれが示している出来事は異なります。前身ユニットの活動開始、独立したグループとしての出発、現在の名義でのCD発売という順序で見ると、流れを理解できます。この日の発表は、BATTLE STREETがそれまでの経験を引き継ぎ、自分たちの名前で活動を続ける立場へ移ったことを示しています。
独立を考えるうえでは、それ以前から観客の前に立っていた点が重要です。初めて集まった7人が、その場で歌やダンスを始めたわけではありません。すでに一緒にパフォーマンスを行い、イベントに出演する期間がありました。その積み重ねを背景に、新たな立場で活動することが公に示されたのです。一方で、独立が決まったからといって、現在の表現がすべて完成したわけでもありませんでした。メンバーは後年のインタビューで、新しい楽曲を受け取るたびに、それに合う能力やパフォーマンスを身に付けたいという思いを語っています。グループとしての出発は、学ぶことが終わる地点ではなく、届ける作品に合わせて成長を続ける始まりだったと捉えられます。また、7月7日が後の周年公演の基準になることで、この出来事は一度きりの発表にとどまらず、活動を振り返る節目にもなりました。ファンと歩んだ時間を数える起点が生まれたことも、この日の意味です。原因は自分にある。のデビューまでの道のりでは、研究生として活動した時間と、独立後の時間を分けるこの出来事が重要な区切りになっています。続く改名とデビュー曲の発表は、そこで得た新しい立場に、自分たちらしい音楽やイメージを与える出来事になりました。
原因は自分にある。がデビューにつながったきっかけ
グループとしての出発が決まった後、CDデビューに向けて活動の方向性を具体化したのが、2019年8月7日の改名発表です。BATTLE STREETは、この日「原因は自分にある。」という名前へ変わりました。ここでの「原因」は、失敗の責任を問う言葉だけでなく、何かが生まれる始まりとして肯定的に捉えられています。自分たちが引き起こす出来事や作る作品が、新しいものの生まれる契機になるというテーマです。7人組であることに加えて、何を目指すグループなのかを示す言葉を得たことが、この改名の大きな意味でした。英語の名前から句点のある日本語の文章へ変わったことで、名前そのものが問いかけのように響くようにもなりました。後に言葉遊びや文学的な題名を取り入れる活動へつながる、分かりやすい特徴がここにあります。ただ珍しい名前を付けたというだけでなく、活動をどう受け取ってもらうかに関わる転機だったといえるでしょう。
本人たちの反応を見ると、この変化が簡単に受け入れられたわけではないことも分かります。大倉空人は、改名を伝えられた際、先に受け取っていたデビュー曲と同じ言葉が示されたため、曲名のことだと思ったと振り返っています。会議室で新しい名前を知らされ、驚きで言葉が出なかったこともメンバーが語っています。一方、杢代和人は、BATTLE BOYSに近い響きの名前から離れ、自分たちだけの色を持てることには期待していたと話しました。戸惑いと、新しく始めることへの前向きな気持ちが、同時にあったのです。この経緯を知ると、現在のグループ像は本人たちが初日から当然のものとして持っていたわけではなく、新しい名前や作品に向き合う中で形になったと理解できます。また、デビューにつながったきっかけを、改名だけに絞るのも正確ではありません。その前には研究生としての活動と独立があり、改名は、それらを新しい作品の発表へ結び付ける段階でした。7人で活動する場が整い、名前にテーマが与えられ、同名の楽曲を届ける準備が進む。このつながりの中で、原因は自分にある。としてのCDデビューが具体的なものになっていきました。
原因は自分にある。のデビュー当時の活動
2019年10月9日、原因は自分にある。は、グループと同名のシングル「原因は自分にある。」を発売してCDデビューしました。すでにグループとしての活動は始まっていましたが、この発売によって、現在の名前と音楽が一つの作品として広く届けられることになりました。表題曲には、ピアノを生かしたサウンド、細かく展開するメロディー、言葉数の多い歌詞という特徴があります。名前だけで抱く印象に加えて、どのような音楽を歌い踊るグループなのかを具体的に示す作品でした。ただし、メンバーにとっては、最初から簡単に歌いこなせる曲ではありませんでした。大倉空人は、初めて音源を聴いたとき、自分たちにできるだろうかという不安も感じたと語っています。小泉光咲も、それぞれが最初の戸惑いを内に抱えていたことを振り返りました。デビュー曲との出会いは、自信のあることだけを披露する機会というより、新しい課題に向き合う機会でもあったのです。
この点は、原因は自分にある。のデビューを理解するうえで重要です。7人が持っていた経験だけで、すべてが自然に完成したわけではありません。新しい曲の速さや言葉の多さを受け止め、声やダンスを組み合わせて届ける必要がありました。後のインタビューでも、楽曲の難しさは繰り返し話題になっており、難しい作品に取り組むこと自体が活動の一部になっていきます。また、グループ名と曲名が一致しているため、最初の作品がそのまま自己紹介の役割を持ちました。名前を覚えた人が楽曲を聴き、楽曲を聴いた人が7人の姿を見るという流れをつくれる点も、このデビューの特徴です。翌2020年1月22日には、2枚目のシングル『嗜好に関する世論調査』を発売しました。好みや選択を扱う題名と、独特なサウンドを組み合わせた作品で、最初のシングルだけに終わらない表現の方向を示しています。デビュー直後の活動は、7人の名前を知らせることと、次の作品でも自分たちの特徴を届けることが重なる時期でした。一曲目で提示した個性を別の曲へ広げられたことが、その後にアルバム単位で多様な楽曲を届けていく活動の土台になっています。
原因は自分にある。のデビューがその後の活動に与えた影響
デビューがその後の活動に与えた影響は、グループが音楽を通じて自分たちを説明する軸を持ったことです。印象的な名前に、ピアノの響きや言葉の密度を備えた楽曲が結び付き、7人でどのような世界を届けるのかが作品として見えるようになりました。その軸は、後の楽曲をすべて同じ形に固定するものではありません。2021年1月に発売した最初のアルバム『多世界解釈』では、Ayaseが手がけた「スノウダンス」、100回嘔吐による「ネバーエンドロール」、nqrseが作詞に関わった「In the Nude」などを収録しています。異なるクリエイターの曲を歌うことで、柔らかな表現やラップなどにも幅が広がりました。メンバーは制作時の難しさを語っており、デビュー曲で経験した、新しい音楽と向き合う姿勢が、その後も続いていることが分かります。最初の作品で特徴を示しながら、次の作品では別の面も見せる。その両方を重ねていく形が、初期の活動から育っていきました。
発表の場も広がっています。2020年には『仮想げんじぶ空間』という配信ライブに取り組み、2021年4月には初の有観客ワンマンライブを開催しました。音源だけで知った曲を映像で見せ、さらに観客のいる会場で届けることで、歌とダンスを組み合わせる表現を重ねています。研究生時代から続けていた、7人で曲のイメージを共有する考え方は、こうした場でも重要になるものです。また、デビュー前から演技を経験していたメンバーもおり、音楽活動の本格化によって個人の仕事がなくなったわけではありません。グループとして作品を届けながら、俳優として異なる人物を演じる活動も続いていきました。さらに2026年には、日本文学から着想を得たEP『文藝解体新書』を発表しています。初期から見られた言葉への関心が、作品全体のテーマへ広がった例として捉えられます。ただし、そのすべてがデビュー時に予定されていたと考える必要はありません。初めに与えられた名前と曲を7人の表現として受け止め、次の作品に挑戦し続けた結果として、現在の活動があります。デビューは完成した姿を見せる終点ではなく、研究生時代の経験を持ち寄りながら、新しい表現を更新していく出発点になったのです。
まとめ|原因は自分にある。のデビューまでの歩みを振り返ろう
原因は自分にある。のデビューまでの道のりには、個人の芸能活動、音楽への関心、研究生時代の経験という複数の出発点があります。7人はそれぞれ異なるきっかけで表現の仕事へ入り、BATTLE BOYSを経てBATTLE STREETとして活動しました。デビュー前のイベントでは観客の前に立ち、曲のイメージを共有する工夫も重ねています。2019年7月7日の独立は、研究生からグループとして次の段階へ進む節目でした。その後、8月に現在の名前へ改名し、10月9日に同名のシングルでCDデビューを果たしました。印象的な名前や難しい楽曲に最初から迷いがなかったわけではなく、驚きや戸惑いを抱えながら、自分たちの表現として届ける過程があったことが重要です。その経験は、後のアルバム制作やライブ、さまざまなクリエイターとの取り組みにもつながっています。現在の姿から出発点を振り返ると、グループの個性が一度の出来事で完成したものではないと分かります。初期の楽曲や映像に触れるときは、7人が何を新しく学び、どのように一つの作品を届けようとしていたのかにも注目してみましょう。デビュー前の歩みを知ることで、現在まで続く表現の変化をより深く楽しめます。


