緑黄色社会のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

緑黄色社会のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
緑黄色社会のデビューまでの道のりは、高校時代の出会いから始まります。音楽への関心も楽器の経験も異なっていたメンバーが、SNSや学校、幼なじみのつながりを通じて集まり、カバー演奏からオリジナル曲の制作へ進んでいきました。全国流通盤の発売やメジャーデビューに至るまでには、コンテストでの受賞だけでなく、その後の迷いや、曲の届け方を見直した時間もあります。この記事では、緑黄色社会の活動開始前から2018年のメジャーデビュー直後までを中心に、本人たちの発言と作品情報をたどります。経歴を年表として追うだけでは見えにくい、メンバーの役割が決まった背景、制作方法の変化、音楽を続ける決意が作品に表れた過程を詳しく紹介します。
緑黄色社会の活動開始前の経歴
緑黄色社会の活動開始前を振り返ると、メンバーが同じ環境で一斉に音楽を始めたわけではないことが分かります。ボーカル・ギターの長屋晴子は、姉がピアノを始めたことをきっかけに、幼稚園の年長の頃からピアノを習い、小学校時代も続けていました。小学校と中学校の部活動ではトロンボーンも演奏しています。ただし、本人は決められた課題を楽譜どおりに練習するより、好きなように弾くほうが楽しかったと振り返っています。楽器の経験があることに加え、自由に音楽を表現できる場所を求めていた点が、その後の選択を考える手がかりです。キーボードのpeppeは、2~3歳頃からピアノを習い、クラシックのコンクールにも出場していました。音楽学校への進学も考えていたものの、試験を受けられなかったことで、一度ピアノから離れています。高校で再び音楽に取り組むまでには、こうした進路の変化がありました。二人とも幼少期から鍵盤に親しんでいましたが、バンドへの参加は、それまでの習い事をそのまま続けるだけの出来事ではなかったのです。
ギターの小林壱誓は、母親が先生を務めるダンススタジオのある家庭で育ちました。幼い頃からダンスを経験し、さまざまな音楽に合わせて体を動かしていた背景があります。後年のインタビューでは、ジャズダンスを中心に、クラシックバレエやヒップホップなどにも触れていたことを話しています。一方、ベースの穴見真吾は小林の2歳下の幼なじみで、両親同士のつながりもあり、幼い頃から交流がありました。中学校では当初、陸上ホッケー部に入っていましたが、新しくできた軽音楽部でベースとドラムの担当を募集していたことから、ベースを始めています。小林からもベースを勧められており、学校での機会と身近な人の誘いが重なった入口でした。現在の担当だけを見ると、最初から歌手、ギタリスト、鍵盤奏者、ベーシストを目指して集まったように感じるかもしれません。しかし実際には、習い事、部活動、進学、幼なじみとの関係が先にあり、その経験が後から一つのバンドへ結び付きました。活動開始前の経歴は、各人の音楽歴だけでなく、誰とどのように出会える環境にいたかという面からも理解できます。
緑黄色社会が音楽に興味を持ったきっかけ
楽器の経験があっても、それがすぐにバンド活動への関心につながるとは限りません。長屋にとって、その間をつないだのは、中学生の頃に聴いたRADWIMPSやチャットモンチーでした。本人は、これらの音楽を通してバンドという存在を知り、軽音楽部のある高校を探したと説明しています。小学校や中学校で経験した音楽に加えて、自分でもバンドを組みたいという目標が生まれたのです。小林の場合は、中学生のとき、ボウリング場で目にしたYUIの「again」のミュージックビデオがきっかけになりました。映像に引かれて曲を聴くようになり、YUIと似た色のギターも購入しています。さらに中学3年生の頃にBUMP OF CHICKENを知り、高校へ進んだらバンドを組もうと考えました。二人にはそれぞれ違うアーティストとの出会いがありましたが、音楽を聴いて終わるのではなく、高校で活動を始めたいという具体的な希望へ変わった点は共通しています。その希望が、進学先や仲間を探す行動にもつながりました。
穴見は、小学生の頃に小林とYUIのライブへ行っています。女性のサポートミュージシャンの演奏を見て、バンドを演奏する人への先入観が変わったことも本人が語っています。さらに、ベースを始めた後の中学2年生でRed Hot Chili Peppersに出会い、ベースへの思いが深まりました。単に必要な担当として楽器を始めた段階から、自分の表現として続けたいと感じる段階へ進んだのです。peppeは、もともとバンドだけに強い関心を持っていたわけではありません。西野カナなどのJ-POPも聴いており、家庭では母親が好む洋楽に触れていました。後年には、バックストリート・ボーイズやテイラー・スウィフトなども自身の音楽的な背景として挙げています。この違いは、結成時から全員の好みが一致していたという説明では捉えられません。実際、本人たちも共通して好きなアーティストがいたわけではないと話しています。それでも、それぞれが音楽に引かれた経験を持ち寄れたことが、活動の幅につながりました。長屋と小林のバンドへの憧れ、穴見の楽器への関心、peppeのポップスへの親しみが、同じ方向からではなく、別々の入口から重なっていったといえます。
緑黄色社会が活動を始めたきっかけ
緑黄色社会の活動を動かした直接のきっかけは、高校入学前から始まったメンバー探しでした。長屋と小林は、同じ高校の軽音楽部を希望していることをSNSのプロフィールで知り、入学前からやり取りをしていました。利用していたのはGREEです。お互いの顔や演奏をよく知らない段階で、一緒にバンドを組もうと約束していたことを、当時を振り返るインタビューで明かしています。長屋は、高校へ入ってからメンバーが見つからない事態を避けたかったと説明しており、バンドをやりたい気持ちが具体的な行動に表れていました。peppeとも入学前にSNSでつながっていて、入学式で初めて会った際、ピアノ経験の話から長屋がバンドへ誘います。peppeにとっては、音楽から離れた後に、新しい友人を通して演奏へ戻る機会になりました。最初から音楽のジャンルや演奏技術を細かく確認して選んだ編成ではなく、同じ学校へ進む人同士の関係と、何かを始めたい気持ちが先にあったのです。
担当が決まる過程でも、その後につながる選択がありました。長屋と小林はともにギターボーカルを希望していましたが、小林は長屋の歌を聴き、バンドをよくするには長屋がメインで歌うほうがよいと考えるようになったと語っています。自分が前に立つ希望から、相手の声を中心にバンドを作る判断へ変わった点が重要です。当初の活動はカバー演奏から始まりました。その後、オリジナル曲を作り、学校の外でも活動することを考えた時期にベースが必要となり、小林が幼なじみの穴見を誘いました。穴見も、長屋の歌を聴いて加入を決めたと振り返っています。高校の同級生同士のつながりへ、別の学校や学年にまたがる関係が加わり、現在のメンバーがそろっていきました。公式には緑黄色社会の結成は2012年とされていますが、その背景には、SNSでの約束、入学式での誘い、歌声を聴いた際の判断、幼なじみの紹介という複数の出来事があります。誰か一人の計画だけで完成したのではなく、実際に会い、声や演奏を知る中で、それぞれの役割が形になりました。音楽を始める意思に、人との出会いが具体的な編成を与えた過程といえます。
緑黄色社会のデビュー前の活動
カバー演奏からオリジナル曲の制作へ進むうえで、大きな目標となったのが「閃光ライオット」でした。同じ高校の先輩がファイナルまで進み、その演奏を日比谷野外大音楽堂で見たことが、学校の外で活動する意識につながっています。長屋は、自分たちもその舞台に立ちたいと思い、オリジナル曲を作り始めたと説明しています。既存曲を演奏する楽しさに、自分たちの曲でステージへ進む目標が加わりました。2013年8月4日、緑黄色社会は「閃光ライオット2013」のファイナルに出演し、準グランプリを獲得します。本人たちによると、この日が初めての東京でのライブでした。衣装を選び、CDやグッズを販売し、来場者の感想を直接聞くところまで自分たちで行っていたことも、後年のインタビューで振り返っています。受賞は演奏への評価であると同時に、自分たちの音楽が学校や身近な友人の範囲を越えて届く経験でもありました。デビュー前の早い段階で、曲を作り、人前で演奏し、聴いた人の反応を受け取る活動が始まっていたのです。
ただし、受賞の後に活動が自動的に広がったわけではありません。本人たちは、目指していた舞台を終えて一度燃え尽きた感覚や、東京での公演の来場者が次第に減った経験も話しています。大きな目標を達成することと、その後も足を運んでもらうことは別の課題でした。その後は地元のライブハウスでの活動や音源制作を続け、全国流通盤を出す前に3枚の会場限定盤を発表しています。2016年末のインタビューでは、名古屋のサーキットイベント「SAKAE SP-RING」へ3年連続で出演したことや、その年に名古屋CLUB QUATTROで演奏できた喜びも語っていました。2016年12月には、会場限定音源第3弾『リアリズム』を発表し、「Alice」などを収録しています。こうした時期は、広く知られる前の空白期間として扱うより、作品とライブの両方で試行錯誤した期間と考えると理解しやすくなります。受賞後も音源を作り続けたことで、次に全国へ届ける作品を考える材料が蓄積されました。ライブの機会を重ねたことも、曲を作った本人たちだけでなく、初めて聴く人にどう伝わるかを考える場になっていました。
緑黄色社会が経験した大きな転機
デビューへ向かう過程での転機は、活動する場所だけでなく、曲の作り方が変わったことにもあります。初期はメンバーがスタジオへ集まり、歌詞、メロディー、リズムを一緒に考えていました。そこから、長屋が持ってきた曲にメンバーがアレンジを加える方法など、自分たちに合う進め方を見つけていきます。2017年の全国流通盤へ向けた制作では、シンセサイザーや打ち込みも取り入れ、演奏できる楽器の組み合わせだけに曲を限定しない方向へ進みました。長屋は当時、特定のジャンルを目指したというより、さまざまな方法を試す中で作品ができたと話しています。また、歌詞についても、気持ちを悟られないように書く姿勢から、素直に表す姿勢へ変化したと説明しました。それによってメンバーにも曲の内容が伝わりやすくなり、言葉に合うフレーズを考えてもらえるようになったのです。自分を表すことが、ほかのメンバーが参加する余地も広げていた点に、この時期の変化があります。
その成果を初めて全国へ届けた作品が、2017年1月11日発売のミニアルバム『Nice To Meet You??』でした。タワーレコード限定の全国流通盤で、「またね」「アウトサイダー」「regret」「Bitter」「丘と小さなパラダイム」の5曲を収録しています。サウンドプロデューサーには江口亮を迎えました。ここで重要なのは、全国流通を始める前から曲があり、その曲をどのような音で届けるかを見直していたことです。「Bitter」では、peppeのメロディーを基に長屋が歌詞を付ける制作も行われ、長屋一人では出てこなかった表現が生まれたと本人たちが話しています。全国流通は販売経路が変わる節目ですが、その手前で、バンド内部の作り方や表現も更新されていました。さらに同年4月7日、名古屋ell.FITS ALLで初のワンマンライブを開催し、チケットは完売しました。対バンやイベントの出演枠に立つことに加え、自分たちだけの公演へ観客を迎える経験が加わったのです。この年の転機は、作品を離れた地域へ届けることと、自分たちの曲で一つの公演を作ることが重なった点にあります。受賞歴に続く、新しい作品とライブの実績を示す段階へ進みました。
緑黄色社会がデビューにつながったきっかけ
緑黄色社会のメジャーデビューは、一つの受賞や特定の曲だけが理由だったと断定できるものではありません。確認できる流れを見ると、全国流通盤を発表した後も作品と公演を重ね、届けられる音楽の幅を具体的に示していったことが分かります。2017年8月2日には、2枚目のミニアルバム『ADORE』を発売しました。「始まりの歌」「Want」「キラキラ」「恋って」「それなりの生活」の5曲を収録し、長屋が作詞・作曲を担当しています。この時期の長屋は、自分の気持ちを隠すよりも、人との関係や日常で感じたことを言葉にするようになっていました。たとえば「それなりの生活」は、弾き語りの機会に向けて書いた曲で、自分に素直に向き合うきっかけになったと話しています。バンドの曲を増やすことと、書き手として何を伝えるのかが明確になることが、同時に進んでいた時期です。同年11月から12月にかけては東名阪ワンマンツアーも行い、地元での初ワンマンから、複数都市で公演を行う段階へ進みました。
2018年3月14日には、初のフルアルバム『緑黄色社会』を発表します。「Re」「始まりの歌」「大人ごっこ」「Alice」など10曲を収めた、バンド名を冠する作品です。春には全国ツアー「リョクシャ化計画2018」を開催し、東名阪以外の地域へも公演を広げました。また、作品やライブの展開と並行して、活動を続ける覚悟も変わっていきます。2018年のインタビューでは、前年頃から周囲の大学の友人が就職を決めていく状況で、自分たちの進路や音楽への姿勢を意識したと説明しています。初めから全員が職業としての音楽を計画していたわけではありませんが、楽しく始めた活動を、その先も続ける道として選び直していました。したがって、デビューにつながるきっかけを理解するには、外部からの評価と、本人たちの意思の両方を見る必要があります。複数の作品を作り、各地で演奏する実績に、音楽で進んでいく決意が重なったのです。公表された情報からは、契約を決めた一人のスカウトや、決定的な一回の審査に話を絞ることはできません。むしろ、制作、ライブ、進路の選択が積み重なり、2018年秋のメジャー作品へつながった道のりが確認できます。
緑黄色社会のデビュー当時の活動
緑黄色社会は2018年11月7日、Epic Records Japanからミニアルバム『溢れた水の行方』を発売し、メジャーデビューしました。2017年の初全国流通盤とは異なる節目であり、結成から約6年を経てのメジャー進出です。収録曲は「あのころ見た光」「視線」「Never Come Back」「サボテン」「Bitter」「リトルシンガー」の6曲でした。長屋は当時、一つの曲だけを示すより、さまざまな曲を聴いてもらい、まだ見せていない可能性を伝えたいと話しています。メジャーデビュー作をミニアルバムにした背景には、幅の広さを届けたいという考えがありました。リード曲「あのころ見た光」も、デビュー当時の状況と深く関わっています。以前に書かれていた曲を、その時点の気持ちで歌詞から見直し、改めて作品にしました。周囲が就職へ進む中で感じた戸惑いを、そのまま残すだけでなく、少し時間がたった自分たちの視点から捉え直しています。音楽を選んだことへの迷いと、これから進んでいく意思の両方が、デビュー時の曲に結び付いていました。
「リトルシンガー」には、また別の制作経験が表れています。作家・沖田円の小説『きみに届け。はじまりの歌』との関わりから生まれた歌詞を基に、4人でメロディーを考えて曲へ仕上げました。一人が全てを決める方法だけでなく、ギターを弾き、歌って試し、よい部分を残すという共同作業が行われています。デビュー作の中で、各人が持つ曲と、一緒に作る曲の両方を示したことが特徴です。発売後の11月22日からは、全国7か所を回るワンマンツアー「溢れた音の行方」を開催しました。仙台から始まり、名古屋、福岡、広島、大阪、札幌を経て、12月21日にマイナビBLITZ赤坂でファイナルを迎えています。作品を発売することと、新曲を会場で演奏することが近い時期に進みました。当時の長屋は、メジャーデビューをうれしく思いつつも、ゴールではなく通過点として捉えていました。ここまで積み重ねた表現を一度まとめ、新しい曲とともに各地へ進むという姿勢が、作品とツアーの両方に表れています。デビュー当時の活動は、肩書きが変わった出来事だけでなく、その先にも制作とライブを続けるための新たな出発でした。
緑黄色社会のデビューがその後の活動に与えた影響
メジャーデビュー後は、緑黄色社会の曲が届く場面が広がっていきました。2019年5月29日には『幸せ -EP-』を発売し、リード曲にバラードの「幸せ」を据えています。「逆転」「ひとりごと」「にちようび」も収録し、デビュー作で示した曲の幅を次の作品へつなげました。同年には映画『初恋ロスタイム』の主題歌「想い人」、ドラマ『G線上のあなたと私』の主題歌「sabotage」を発表。2020年にはテレビアニメ『僕のヒーローアカデミア』第4期第2クールのエンディングテーマ「Shout Baby」も担当しました。映画、ドラマ、アニメを楽しむ人が、それぞれの作品を通して曲を知る接点が加わったのです。ただし、これらをメジャーデビューだけで説明するのは適切ではありません。デビュー以前から、曲を作り、録音し、初めて聴く人へ届ける経験を重ねていました。その基盤があるうえで、新しい作品の主題歌を担う活動が加わったと整理できます。早い時期から曲調を一つに限定せず、歌を中心にさまざまな表現を試していたことは、異なる物語に関わる活動を理解する手がかりになります。
制作に関しても、デビュー前後の経験と後の作品にはつながりがあります。2020年の「Mela!」では、長屋と小林が作詞、peppeと穴見が作曲に参加しました。複数のメンバーが言葉やメロディーを持ち寄る姿勢は、デビュー前の曲作りや、デビュー作での共同制作からも確認できるものです。現在の公式プロフィールでも、全員が作曲に関わることがバンドの特徴として紹介されています。また、2018年のインタビューで目標として挙げていた日本武道館公演は、結成10周年の2022年に実現しました。当時の発言と後の活動を比べることで、デビュー時に思い描いた舞台へ、数年かけて進んだことが分かります。2025年には初のアジアツアーを行い、2026年9月には6枚目のアルバム『あたまご』を発売しました。活動が広がった現在から初期を振り返ると、メジャーデビューは、別のバンドへ生まれ変わった瞬間というより、既に続けていた制作と演奏をさらに広い場へ運ぶ節目だったと捉えられます。全国流通盤とメジャー作品の両方を聴くと、変わった部分に加え、歌を中心に異なる個性を重ねる姿勢が続いていることにも気付けます。その継続と変化を知ることが、デビューの意味を理解するうえで大切です。
まとめ|緑黄色社会のデビューまでの歩みを振り返ろう
緑黄色社会のデビューまでの道のりには、音楽への憧れだけでなく、人との出会いと、活動を続けながらの選び直しがありました。SNSや入学式を通して集まり、カバー演奏からオリジナル曲へ進み、学校の外で聴いてもらうことを目指したのが出発点です。「閃光ライオット」での受賞後も、目標を探し直し、会場限定盤やライブを重ねました。2017年の初全国流通盤では、曲の作り方や言葉の表し方も変わり、自分たちの公演へ観客を迎える経験が加わります。その後の作品発表と全国ツアー、音楽を仕事として続ける決意が、2018年のメジャーデビューへつながりました。『溢れた水の行方』には、以前の迷いを現在の視点から捉え直した曲や、メンバーが共同で仕上げた曲が収められています。デビューを一度の受賞や突然の成功として見るより、その前にどのような制作と演奏を重ねたのかを知ると、作品の背景が分かりやすくなります。初期の全国流通盤、初フルアルバム、メジャーデビュー作を順に聴けば、音の変化とともに、自分たちの表現を見つけていった過程も楽しめるでしょう。


