Travis Japanの経歴まとめ|活動開始から現在までを時系列で徹底解説

出典:オリコンニュース

Travis Japanの経歴まとめ|活動開始から現在までを時系列で徹底解説

Travis Japan(トラビス・ジャパン)は、舞台での活動を出発点に、アメリカ留学と世界配信デビューを経て、国内外で公演を行う7人組グループです。現在の姿に至るまでには、メンバー構成の変化や長いデビュー前の活動、新しい環境への挑戦がありました。結成年や作品名だけでは見えにくいのが、一つの経験が次の機会へつながっていく過程です。この記事では、結成前のメンバーの歩みから、7人体制の成立、デビュー、初のワールドツアー、近年の作品づくりまでを時系列で整理します。2026年9月11日時点の最新情報と発表済みの予定も紹介し、Travis Japanがどのように活動の幅を広げてきたのかを詳しく解説します。

Travis Japanの活動開始前

Travis Japanの経歴を理解するには、グループが生まれる前から、メンバーそれぞれに芸能活動やダンスとの関わりがあったことを押さえる必要があります。全員が同じ学校や地域で集まり、一斉に音楽を始めたグループではありません。子どもの頃から舞台を経験していた人、ダンスを習っていた人、アイドルに憧れてオーディションに参加した人が、事務所での活動を通じて出会っています。現在のメンバーは宮近海斗、中村海人、七五三掛龍也、川島如恵留、吉澤閑也、松田元太、松倉海斗ですが、個人として芸能活動を始めた時期と、Travis Japanに加わった時期は一致しません。この違いを知っておくと、グループの結成年より前に出演歴があることや、同じ時期に入所しても別の活動をしていたことが理解できます。川島は幼少期に劇団四季の「ライオンキング」を見たことを原体験として挙げ、その後、実際に同作品へ出演しました。ヤングシンバ役を演じた経験があり、Travis Japan以前から、歌や芝居、身体表現を組み合わせる舞台に立っていたメンバーです。

事務所での活動開始時期を見ると、七五三掛と吉澤は2009年に入所しています。2人は後年の対談で、同い年で入所時期も近かったと振り返っており、グループ結成前から同じ育成環境にいたことが分かります。宮近、中村、松倉は2010年入所の同期です。宮近と中村はインタビューでも同い年で入所日が同じだと話しており、長い時間を共有してきました。ただし、同期という関係が、そのまま同じグループへの所属を意味したわけではありません。舞台への出演経験、レッスンで学んだこと、先輩の公演を支える経験などを、それぞれの立場で積み重ねていく時期でした。ここから見えてくるのは、Travis Japanの始まりが、完成した7人組の誕生よりも前にあるということです。舞台に親しんできたメンバーと、事務所で経験を増やしていったメンバーが合流することで、後の活動につながる土台ができていきました。グループとしての歴史をたどる際には、結成前の個人活動まで同一の経歴として扱うのではなく、異なる経験を持つ人たちが集まるまでの準備期間として見ると、出発点を正確に捉えられます。

Travis Japanが音楽活動を始めたきっかけ

Travis Japanが音楽活動を始めたきっかけには、個人が表現の世界に惹かれた理由と、グループとして選ばれることになった出来事の二つがあります。まず個人の動機を見ると、松倉海斗は2009年の嵐のデビュー10周年ライブを見たことが、アイドルを目指すきっかけだったと語っています。ステージ上の5人を見て、自分も同じ舞台に立ちたいと思い、自ら履歴書を送りました。宮近海斗の場合は、子どもの頃からダンスを習っており、母親から渡された履歴書を事務所に送ったことが芸能活動への入り口でした。本人がステージに憧れて応募したケースと、家族の働きかけによってオーディションにつながったケースがあり、最初の一歩は同じではありません。こうした証言を並べると、全員が最初から同じ夢や目標を共有していたというより、それぞれの理由で活動を始めた人たちが出会ったことが分かります。音楽を聴く側、ステージを見る側だった経験が、自分で表現する側へ進むきっかけになっていました。

グループ誕生へ直接つながったのは、振付師トラヴィス・ペインによるダンスの選考です。ペインはマイケル・ジャクソンの振付に携わった人物として知られ、日本での舞台制作にも参加していました。七五三掛龍也は当時について、オーディションだとは聞かされておらず、ダンスレッスンとして参加したと説明しています。レッスンを重ねる中で参加者が絞られ、最後に残ったメンバーでグループを組むことになったという経緯でした。「Travis Japan」という名前の「Travis」は、ペインの名前に由来します。この成り立ちが示しているのは、活動の入口からダンスが重要だったことです。歌声だけで選考されたボーカルグループや、自作曲を持ち寄って結成したバンドとは異なり、音楽を身体で表現する力がメンバーを結び付けました。そのため、結成の理由をたどることが、後にダンスを活動の中心に据えるようになった背景の理解にもつながります。個人にとっての憧れや家族の後押しが事務所への入り口となり、そこで受けたレッスンがグループとしての機会に変わったという流れです。活動開始のきっかけは一度の出来事だけで完結せず、個々の選択と現場での出会いが重なって形になりました。

Travis Japanの結成・活動開始

2012年、Travis JapanはジャニーズJr.内のグループとして活動を始めました。初期の活動を具体的に確認できる作品が、舞台「PLAYZONE'12 SONG & DANC'N。PART II。」です。歌とダンスを中心としたこの公演には、今井翼、佐藤アツヒロ、中山優馬、屋良朝幸らとともに出演しました。当時の出演者情報に記載されているTravis Japanは、川島如恵留、森田美勇人、仲田拡輝、七五三掛龍也、中村海人、宮近海斗、吉澤閑也、梶山朝日、阿部顕嵐の9人です。現在の7人とは構成が異なり、松田元太と松倉海斗はまだ加わっていませんでした。結成時の姿を知るうえでは、この人数と顔ぶれの違いが重要です。初期の映像で現在とは異なるメンバーが出演しているのは、活動の途中で編成が変わっているためです。グループの出発点は、オリジナルのCDを発売することではなく、舞台に出演し、複数の演目の中で歌やダンスを届けることにありました。先輩と同じ公演に立つ時間が、グループとして表現をそろえる経験になっていきます。

その後はメンバー構成の変化が続き、2017年秋には5人で活動する時期を迎えました。同年11月に松田元太と松倉海斗が加入し、宮近、中村、七五三掛、川島、吉澤と合わせた現在の7人体制になります。この変化は、人数が増えたという事実だけでは説明しきれません。宮近は後年のインタビューで、新しいメンバーを迎える難しさを感じていたものの、2人がすぐに溶け込み、この7人で上を目指そうと決意できたと語っています。七五三掛も、パフォーマンスの幅が広がり、歌に厚みが出たと振り返りました。つまり、2人の加入はグループにとって、表現の選択肢と将来への見通しの両方を変える出来事だったと捉えられます。結成からこの時点までには約5年が経過しており、活動開始と現在の形の成立は別の節目です。舞台を中心に経験を重ねた初期の段階を経て、7人でどのようなパフォーマンスを作るのかを考える段階へ進みました。ここで成立したメンバー構成が、その後の単独公演、海外挑戦、メジャーデビューへと続いていきます。

Travis Japanのデビューまでの歩み

7人体制が整った後、Travis Japanは自分たちが中心となる公演と、映像を通じた発信を増やしていきました。2019年3月26日には、横浜アリーナで「Travis Japan Concert 2019 ~ぷれぜんと~」を開催しています。同年には主演舞台「虎者 ―NINJAPAN―」を上演し、2020年、2021年にも「虎者」シリーズの公演に取り組みました。先輩の公演に出演する立場から、グループの名前で観客を迎え、公演を届ける立場へと活動の幅が広がった時期です。2021年には全国ツアーを実施し、YouTubeの「+81 DANCE STUDIO」も始まりました。先輩アーティストの楽曲を新たな振付で踊る映像は、劇場やコンサート会場以外でもパフォーマンスを見せる機会になりました。曲を受け継ぎながら異なる動きで表現する企画は、ダンスに重点を置くグループの活動を、動画として継続的に届ける仕組みでもありました。

一方、活動を重ねてもメジャーデビューには届いておらず、メンバーには次の一歩をどう踏み出すかという課題がありました。七五三掛は、ともに活動してきたSixTONESやSnow Manが先にデビューしたことへの焦りと、自分たちも成果を出す必要があると感じていた当時の心境を語っています。2022年3月、7人はロサンゼルスへ留学し、歌、ダンス、語学を学びながら現地の舞台に挑みました。「WORLD OF DANCE」のオレンジカウンティ地区予選ではチーム部門3位、その後の全米大会では4位、世界大会では9位に入っています。さらに「America’s Got Talent」に出演し、セミファイナルまで進出しました。七五三掛の説明では、大会を見ていた番組関係者から声がかかったことが、番組出演につながっています。そして、こうしたパフォーマンスがレーベル関係者の目に留まり、9月にCapitol Recordsからの世界デビューが発表されました。単に留学したからデビューできたのではなく、現地で実演する機会をつかみ、その場での表現が次の機会を呼び込んだという流れです。国内で積んだ経験を、初めて自分たちを見る観客や審査員の前で示したことが、新しい契約と音楽活動へ結び付きました。

Travis Japanのデビュー後の活動

2022年10月28日、Travis Japanはデジタルシングル「JUST DANCE!」で全世界配信デビューを果たしました。結成からおよそ10年を経た節目であり、CD発売に先行して配信で楽曲を届けた点も特徴です。日本だけでなく、海外のリスナーも音源へアクセスできる形になりました。デビュー曲のミュージックビデオはGil Greenが監督を務め、音源と映像の両方でグループを紹介しています。2023年には「Travis Japan Debut Concert 2023 THE SHOW~ただいま、おかえり~」を開催しました。海外での挑戦を経た姿を日本の観客へ届ける公演で、吉澤閑也は後年、客席で涙するファンを見て、待っていてくれた人たちの思いを受け取ったと振り返っています。同年3月には留学中の生活や挑戦を記録した「Travis Japan -The untold story of LA-」も発売され、舞台裏まで含めてデビューに至る過程を知る機会が生まれました。

音楽面では、2023年に「Moving Pieces」「Candy Kiss」などを発表し、デビュー曲に続くレパートリーを増やしました。「Moving Pieces」は、ジャスティン・ビーバーの作品にも関わったPoo Bearが作曲とプロデュースを担当しています。海外の制作者との仕事が、実際のリリース作品として積み重なっていった時期です。そして12月20日、1枚目のアルバム「Road to A」をCDと配信で発売しました。これはグループ初の音楽CDであり、配信シングルを中心とした活動から、まとまった曲数で音楽性を提示する段階へ進んだ作品です。初回J盤の特典CDには「夢のHollywood」「Lock Lock」「The Show」「Together Now」など、デビュー前から披露してきた楽曲も収録されています。新しい楽曲を届けると同時に、これまでのレパートリーを音源として残した点に、デビュー前後をつなぐ役割があります。以前から応援していた人には公演で親しんだ曲を聴き返す機会となり、デビュー後に知った人には過去の表現へさかのぼる入り口になりました。2023年は、デビューを報告するライブ、歩みを伝える映像、新しい音楽をまとめるアルバムを通して、グループの全体像を作品として届ける一年だったといえます。

Travis Japanが注目を集めた転機

2024年は、Travis Japanが配信で世界へ音楽を届ける段階から、海外の観客へ単独公演を届ける段階へ進んだ年です。まず1月から5月にかけて「Travis Japan Concert Tour 2024 Road to Authenticity」を開催し、全国8カ所29公演を巡りました。前年末のアルバムを軸に公演を組み立てることで、音源で提示した世界観をライブへ広げています。そして9月からは、初のワールドツアー「Travis Japan World Tour 2024 Road to A」を実施しました。台北、香港、バンコク、シアトル、ロサンゼルス、ニューヨークという6都市を巡るツアーです。以前の海外活動では大会や番組の出演者という立場でしたが、ここでは自分たちの名前を掲げたコンサートで観客を迎えました。海外で実力を示す機会から、作品を届ける場所を継続的に作る活動へと変わった点が、経歴上の大きな転機です。国内のアリーナ公演と海外の単独公演を同じ年に行い、双方を行き来する活動が公演歴として残りました。

同年には、映像作品と音楽が結び付く機会も広がっています。6月に配信された「Sweetest Tune」は、松田元太が出演したドラマ「東京タワー」の挿入歌でした。秋には「Crazy Crazy」「Fly Higher」を発表し、「Fly Higher」は川島如恵留が声優として出演するアニメ「多数欠」の第2クールのオープニングテーマに起用されています。また、中村海人が出演した映画「矢野くんの普通の日々」では「Staying with you」が挿入歌になりました。これらは、グループのコンサートをまだ見たことがない人が、ドラマやアニメ、映画を通じて曲に出会う機会です。12月4日には2枚目のアルバム「VIIsual」を発売し、こうした楽曲を含む作品をまとめました。タイトルには7人を示す「VII」が組み込まれ、それぞれの個性を音楽から思い描ける作品という考え方が示されています。海外公演ではグループとしての表現を届け、国内の映像作品では個人の出演を通じて音楽への入り口を増やし、アルバムでは7人の違いを一つの作品へまとめた流れです。注目を集めるきっかけがダンス映像だけにとどまらず、出演作品と楽曲の組み合わせにも広がったことで、Travis Japanを知る経路が増えた一年でした。

Travis Japanの近年の活動

2025年のTravis Japanは、前年のアルバムを受けた「Travis Japan Concert Tour 2025 VIIsual」を1月から開催しました。作品発表の後にツアーで音楽を届ける流れを続ける一方、3月5日には初のCDシングル「Say I do / Tokyo Crazy Night」を発売しています。「Say I do」は宮近海斗がダブル主演したドラマ「ホンノウスイッチ」、「Tokyo Crazy Night」は松倉海斗が主演したドラマ「トーキョーカモフラージュアワー」の主題歌です。メンバーの主演作とグループの音楽が結び付き、二つの曲を同時に届ける作品になりました。配信作品とCDアルバムを先に発表してきたグループにとって、初のCDシングルは作品を届ける形式を増やす節目でした。さらに2度目のワールドツアーでは、ニューヨーク、アナハイム、台北、香港、バンコクを開催都市に掲げ、前年の海外公演を一度限りの経験で終わらせず、継続する活動へとつなげました。

12月3日には、3枚目のアルバム「’s travelers」を発売しました。松倉海斗が総合プロデューサーを務め、1950年代から現代までの音楽を巡るコンセプトを採用しています。ディスコ、スウィングジャズ、ヒップホップ、バラード、EDMなどを取り入れ、苺のタイムマシーンというビジュアル上の設定も用いました。「Disco Baby」や「Welcome To Our Show Tonight」では、異なる年代の音楽的な要素をショーとして表現しています。メンバーがアルバム全体の構想を担うことにより、歌って踊るだけでなく、作品の方向性を考える役割も表に出るようになりました。同作には「Say I do」「Tokyo Crazy Night」と、映画「たべっ子どうぶつ THE MOVIE」の主題歌「Would You Like One?」を「Completed ver.」として再収録しています。これは6月に川島如恵留が復帰したことを受け、7人の歌唱で届けたバージョンです。新曲だけでなく、その年に発表した楽曲を改めて7人でまとめる意味も持つ作品でした。2025年はドラマ主題歌、国内外のツアー、メンバーが構想するアルバムが並行し、演者としての活動と作品づくりの関わりが広がった年と整理できます。

Travis Japanの現在と今後の活動

2026年9月11日時点のTravis Japanは、シングルの発表とツアー映像の発売を経て、次のアルバムへ進む段階にあります。年明けには「Travis Japan Concert Tour 2026 ’s travelers」を開始し、全8カ所30公演を実施しました。前年のアルバムが持つ時代旅行の設定を、ステージで表現する公演です。楽曲をまとめるだけでなく、アルバムの構想をツアーへつなげる活動が続いています。4月15日には2枚目のCDシングル「陰ニモ日向ニモ」を発売しました。表題曲は2月16日に先行配信され、七五三掛龍也が出演するドラマ「ぜんぶ、あなたのためだから」の挿入歌に起用されています。人の二面性や表面に現れない本音を扱う楽曲で、前年の主題歌作品に続いて、メンバーの出演作とグループの音楽が結び付きました。8月26日には同年のツアー映像も発売され、共通のライブ本編に横浜アリーナ公演を収録しています。会場で上演された作品を映像として残し、来場できなかった人も公演に触れられる形になりました。

夏には、過去と現在の活動を配信で届ける動きもありました。7月31日から2023年のデビューコンサート映像がDisney+で配信され、8月3日には「On My Road -Stadium ver.-」がリリースされています。そして今後の予定として、11月18日に4枚目のアルバム「Jewelry Basket」を発売することが発表されました。プロデュースを担当するのは吉澤閑也です。7人が憧れ、尊敬してきた王道のアイドルエンターテインメントを、現在のTravis Japanの表現で形にする作品とされています。「陰ニモ日向ニモ」を含む楽曲に加え、ファンクラブ盤にはユニット曲を収めた特典CDが用意される予定です。前作の松倉に続いて別のメンバーがプロデュースを担うことで、メンバーの視点がアルバムの構想に反映される取り組みが続いています。ただし、9月11日時点では発売前であり、未発表の曲や公演について成果を断定することはできません。確認できる今後の動きは、新たなアルバムの発売と、それに向けて公開されている情報です。舞台での経験を出発点に、海外公演と作品制作を積み重ねてきたグループが、アイドルとしての原点をどう表現するかが、次の作品の注目点になります。

まとめ|Travis Japanの経歴を振り返ろう

Travis Japanの経歴は、異なる経験を持つメンバーが集まり、舞台で表現を磨きながら活動の場を広げてきた歩みです。2012年の結成と2017年の7人体制の成立を経て、自分たちが中心となる公演やダンス映像の発信が増えていきました。2022年のアメリカ留学では、大会への出場からテレビ番組への出演、レーベルとの契約へと機会がつながり、世界配信デビューに至っています。その後はアルバムとツアーを重ね、海外でも単独公演を継続するようになりました。近年は、個人のドラマ出演とグループの楽曲が結び付くだけでなく、メンバーがアルバムの構想を担う取り組みも進んでいます。2026年11月には「Jewelry Basket」の発売が予定され、これまでの経験を次の作品へどう生かすかにも注目が集まります。経歴を知ったうえで音源やライブ映像に触れると、デビュー前のレパートリーが残されている意味や、作品ごとに変わる表現の方向性も理解しやすくなるでしょう。気になる時期の作品から聴き始め、前後の公演やアルバムへとたどっていくことで、Travis Japanが重ねてきた挑戦を音楽とともに振り返れます。

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