須田景凪のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

須田景凪のデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説
須田景凪は、演奏活動、作曲、動画投稿と表現方法を変えながら、デビューへの道を進んできました。もともとはドラマーとして音楽に取り組み、自分の曲を形にするために作曲へ進み、ボカロP「バルーン」として作品を発表していました。その後、セルフカバーを通じて歌う楽しさを知り、自分の声を前提とする須田景凪名義の活動へつながっていきます。2013年の投稿開始、2017年の新名義始動、2019年のメジャーデビューは、それぞれ意味の異なる節目です。この記事では、活動開始前からデビュー直後に焦点を当て、楽器との出会い、制作環境の変化、代表曲の誕生、初ライブでの経験が、次の一歩にどう結びついたのかを詳しく紹介します。
須田景凪の活動開始前の経歴
須田景凪は、ボカロPとして曲を発表する以前、バンドでドラムを担当していました。本人は、もともとバンド音楽が好きで、プロのドラマーになるために音楽大学へ通っていたと語っています。当時思い描いていたのは、自分のバンドで活動したり、スタジオミュージシャンとして演奏したりする道でした。現在の歌声や作詞・作曲の仕事から振り返ると意外に感じられますが、最初の職業的な目標は歌手ではなく演奏家だったのです。バンドでは、ギターボーカルが作る曲にドラムを加える関係が続いていました。自分で曲のすべてを決める活動ではなく、ほかのメンバーが作るメロディーや構成を受け止め、リズムによって楽曲に参加する立場です。このように、作曲を始める前から、音楽を聴くだけではなく、実際に音を出して曲を成立させる経験を持っていました。インターネットでの投稿活動が出発点として紹介されることが多いものの、その前にはバンドの一員として演奏していた期間があります。
一方、この段階で、現在と同じように作曲ソフトを使い、自作曲を歌っていたわけではありません。本人は、ドラマー時代にはコーラスも経験しておらず、作曲やDTMも後から始めたことを明かしています。DTMとは、パソコンなどを使って音を録音・編集し、楽曲を作る方法です。つまり、演奏経験があることと、一人で歌の入った音源を完成させられることには、別の段階がありました。ただし、ドラムを長く演奏してきた背景は、作曲へ転じた後も失われていません。本人は後年、リズムを曲の軸として捉え、ドラムの音作りにこだわっていると説明しています。デビュー以前の経験を知ると、打ち込みを使った音源であっても、演奏者としての関心が制作に続いていることが分かります。須田景凪の活動開始前を、デビューまでの単なる準備期間と考えるだけでは十分ではありません。バンドの中で曲に関わった経験と、まだ自分の歌や作曲を中心にしていなかった状況の両方が、その後に別の制作方法を選ぶ背景になっています。演奏する立場から曲全体を作る立場へ移っていく過程こそ、初期の経歴を読むうえで重要なポイントです。
須田景凪が音楽に興味を持ったきっかけ
音楽への関心が深まったきっかけとして、須田景凪が挙げているのはポルノグラフィティとの出会いです。小学校低学年の頃に友人から教えてもらい、それが音楽を好きになる出発点になったと、ラジオ番組で振り返っています。特に「ジョバイロ」は、本人が人生を変えた一曲として紹介した作品です。聴いたとき、それまでに体験したことのない高揚感があったと話しており、単に好きな曲が増えたという以上の意味を持っていました。さらに、中学生の頃、友人から借りたライブDVDでサポートドラマーの演奏を見て、その姿にひかれたことも明かしています。録音された音楽を聴く経験と、映像で演奏者の姿を見る経験が重なり、楽器を演奏することへ関心が向かったのです。ここには、身近な友人の勧めが、好きなアーティストとの出会いだけでなく、自分で音楽を始める行動にもつながった流れがあります。須田景凪の音楽活動の原点は、完成した作品に触れて心が動き、それを演奏する側にもなりたいと感じた経験にあります。
影響は、演奏を始めるきっかけにとどまりません。「ジョバイロ」について、須田景凪はラテン音楽や民族音楽を思わせるリズムに言及し、一般的なJ-POPのエイトビートとは異なる面白さを感じていたと説明しています。自分の楽曲でもそうしたリズムを使うことがあり、ビートの面で影響を受けていると話しました。本人の言葉に沿って考えると、好きな音楽は、目標とする演奏者を見つけるものだったと同時に、後の曲作りに使う音の感覚を知る機会でもあったといえます。また、東京事変やBLANKEY JET CITYなどのバンドも聴いていたと語っています。ただし、名前を挙げたアーティストの特徴をすべて須田景凪の曲に当てはめる必要はありません。確認できるのは、バンド音楽に親しみ、特定の曲や演奏に強く心を動かされていたことです。その経験が先にあったため、後にボーカロイドで曲を作るようになっても、関心が歌声合成という仕組みだけに向いたわけではありませんでした。音楽を好きになった時期と、作品を発表し始めた時期を分けて見ることで、投稿活動に先立つ音楽的な背景が見えてきます。
須田景凪が活動を始めたきっかけ
自作曲の制作へ進む直接のきっかけは、バンドの中で自分の考える音楽を十分に形にできないと感じたことでした。ドラマーとして演奏を続けるうちに、須田景凪自身にもメロディーやコードのアイデアが生まれるようになります。しかし、曲を作るメンバーに意見を伝えても、そのまま取り入れられるとは限りません。本人は、メンバーとの意思疎通の難しさから、自分で作った方が早いと考えたことを語っています。そこで選んだのが、担当楽器を演奏するだけでなく、歌詞、メロディー、伴奏まで自分で組み立てる方法でした。この選択を実行するために、持っていたドラムセット一式を売り、ギターやパソコンなどを購入しています。活動を始めるために新しいバンドを結成したのではなく、一人で制作できる環境を用意したことが、後のバルーンとしての活動につながりました。自分の考えた音楽を、自分の判断で完成させたいという気持ちが、制作手段を変える行動へ結びついたのです。
歌のある曲を一人で作る際に役立ったのが、ボーカロイドという歌声合成ソフトでした。歌詞と音程を入力し、発音や歌い方を調整することで、歌唱を含む音源を制作できます。本人は、周囲に自分の細かな希望を聞いて歌ってくれる人がいなかったことや、自分の思うものを外に出す手段として適していたことを、選んだ理由に挙げています。2013年2月頃には、パソコン、作曲ソフト、ギター、ボーカロイドをそろえ、制作を始めました。当初は作曲やDTMの経験がなく、分からない操作はインターネットなどで調べながら覚えていったといいます。一方で、細かな作業が好きだったため、ゲームに取り組むような感覚でのめり込めたとも説明しています。この時点では、音楽で生計を立てるための計画が先にあったわけではありません。自分の感情や考えを音にして外へ出すことが、活動の中心でした。ボカロPという肩書を目指してから曲を作ったというより、作りたい音楽を実現するために、その制作方法を選んだと整理できます。この動機を知ると、演奏活動から作曲へ移った理由が、より具体的に理解できるでしょう。
須田景凪のデビュー前の活動
2013年4月、須田景凪はバルーン名義で「造形街」をニコニコ動画へ投稿しました。制作環境をそろえてから、自分で曲を完成させ、誰かが聴ける場所に公開するまで進んだ最初の節目です。ボカロPとは、歌声合成ソフトなどを使って楽曲を作り、発表するクリエイターを指す呼び方で、バルーンもその一人として活動を始めました。初投稿曲の時点で、すでに人との関係を思わせる言葉があり、本人も後年、根底の部分は変わっていないと振り返っています。ただし、最初から一貫したテーマを決めていたのではなく、自分の気持ちを表す中で自然に言葉が出てきたという説明でした。その後も動画投稿を続け、2016年にはflowerを使った「花瓶に触れた」を発表しています。flowerは、バルーン作品で使われる歌声として知られるようになる存在です。須田景凪は、この曲を通して多くの人に知ってもらったことを、自身の経歴の一部を担う出来事として挙げています。一曲ずつ制作して公開する活動の蓄積が、次の作品に関心を持つ聴き手との関係を作っていきました。
この頃の活動を知るうえで、動画サイトの外で起きた経験も欠かせません。自作のCDを手売りするイベント「THE VOC@LOiD M@STER」に出展し、作品を聴いてくれる人と直接向き合う機会を持ちました。本人は、それによって、自分の音楽を聴く人が実際にいるという意識が強くなったと語っています。画面上で増える数字と、目の前でCDを手に取る人の姿とでは、作品が届いていることの感じ方が異なります。デビュー前の活動は、再生数を積み重ねることだけでなく、作った曲が誰の生活の中で聴かれるのかを知っていく過程でもありました。また、当時の作品には、歌声、伴奏、言葉を自分で配置して一曲にまとめる経験が積み重なっています。ドラマーだった時期には担当していなかった部分も、自分で判断しなければなりません。機材の使い方を学びながら制作し、完成品を発表し、聴き手の反応を受け取るという流れが、数年間にわたって続きました。後の本人名義の活動を考える際も、この期間を省くことはできません。メジャーデビューより前に、作品を生み出して公開し、聴く人とつながる実践を重ねていたことが、次の段階へ進む基盤になっています。
須田景凪が経験した大きな転機
2016年10月12日に公開した「シャルル」は、バルーンの活動が広がる大きな転機になりました。歌声にはflowerが使われ、その後、自分で歌ったセルフカバーも発表しています。この曲について本人が明かしたのは、ヒットの結果だけでなく、制作時に抱えていた迷いです。聴き手が増えていく中で、自分の作りたいものを作っているのか、多くの人に聴かれるためのものを作っているのか、その境目が曖昧に感じられるようになっていました。そこで一度、自分の中にあるものを優先して形にしようと考えて作ったのが、この曲だったと説明しています。その作品が受け取られたことで、自分の好きなものを作ってよいという実感が得られたと振り返っています。したがって、「シャルル」は知名度を上げた作品であると同時に、制作の判断をどこに置くかという考えにも影響した曲でした。反応を得ることと、自分の表現を優先することが、必ずしも反対ではないと感じる経験になった点に意味があります。
もう一つの変化は、作曲家本人が歌う活動への手応えです。須田景凪は、作曲を始めてからギターの弾き語りで曲を作るようになり、歌う行為そのものが好きになったと語っています。「シャルル」のセルフカバーも、自分が歌いたいという気持ちで公開したところ、多くの人に聴かれ、それが現在の歌う活動につながったと説明しました。最初から歌手として売り出すために用意された過程ではなく、制作の中で歌う楽しさを知り、発表後の反応によって可能性が広がった流れです。2016年12月には「メーベル」、2017年3月には「雨とペトラ」、6月には「レディーレ」のflower版も公開されました。こうした楽曲の発表とセルフカバーを通じて、合成音声の良さと人間の声の良さを、それぞれの表現として考えるようになります。同じ作り手の曲でも、歌う声が変われば表情は変わります。自分自身が歌うことにどんな意味があるのかという関心が強まったことが、次に別の名義を設ける判断へつながっていきました。「シャルル」の転機は、一曲の成功と歌い手としての出発が重なった出来事として捉えられます。
須田景凪がデビューにつながったきっかけ
2017年10月、自分の声で描く楽曲を発表するため、須田景凪名義での活動を始めました。バルーンと別人になったわけではなく、歌声合成による作品と、自分が歌うことを前提とする作品の意識を整理する選択でした。本人は、自分の声で歌う曲では、その声だからこそ意味がある表現を入れたいと説明しています。また、須田景凪名義の曲として制作段階で最初に作ったのは「Cambell」ですが、世の中に最初に発表した曲は「アマドール」でした。制作順と公開順が異なる点も、初期の作品を知るうえで押さえておきたいところです。「アマドール」はダンロップの短編アニメーション『ROAD TO YOU―君へと続く道―』の主題歌となりました。自分の歌を届ける新しい名義の始動が、映像作品と関わる仕事にもつながっています。これは、過去のボカロ曲を歌い直すことにとどまらず、本人名義のオリジナル曲を作り、その曲が使われる場所まで広がった段階といえます。
2018年1月31日には、1stアルバム『Quote』を発売しました。「アマドール」「レド」「Cambell」「ポリアンナ」「密」など全10曲を収録し、須田景凪としての表現を作品集の形で示しています。ボカロPとして知られた作り手が、自分の声を軸にしたアルバムを完成させたことは、本人名義の活動を続けていく具体的な一歩でした。その後、メジャーへの進出を選んだ理由については、もっとさまざまな人に知ってほしいこと、いろいろなことに挑戦したいことを本人が挙げています。発売元となるunBORDEにはもともと好きなアーティストが所属しており、自由で格好よいレーベルだと感じていたため、そこで挑戦したかったとも説明しました。この時点では、すでに本人の声で作ったアルバムがあり、聴き手に届ける作品の方向も示されていました。レーベルについての本人の発言からは、新しい制作や発表の場を選び、表現の可能性を広げようとする姿勢がうかがえます。須田景凪の場合は、制作と発表を継続し、自分で歌う作品を形にしたうえで、次の挑戦を選んだ流れが重要です。デビューは、それまでの活動から切り離された出来事ではなく、表現の範囲を広げる選択の延長にありました。
須田景凪のデビュー当時の活動
本人名義での作品を発表した後、2018年3月16日には東京・渋谷WWWで初ワンマンライブ「須田景凪 1st LIVE “Quote”」を開催しました。須田景凪はギターを持って歌い、モリシー、堀正輝、有機酸によるサポート演奏とともに、アルバム曲やバルーン楽曲のセルフカバーを披露しています。「Cambell」ではアボガド6によるミュージックビデオがステージのスクリーンに映され、音源と映像の表現もライブに取り入れられました。自宅で制作して公開してきた楽曲が、演奏者や観客と同じ空間で鳴るようになったのです。本人は当初の緊張を明かしつつ、公演を終えたときには楽しさを伝えています。同年8月25日には東京・WWW X、9月2日には大阪・Shangri-Laで「LIVE 2018 “Dolly”」を開催しました。ライブを重ねる中で、観客の表情や自分に向けられた声を受け取れるようになったことを、本人は後のインタビューで振り返っています。デビュー前後の活動には、音源制作だけでなく、聴き手の前で歌う経験も積み重なっていました。
2019年1月16日、ワーナーミュージック・ジャパン内のunBORDEからEP『teeter』を発売し、メジャーデビューを迎えました。収録曲は「mock」「パレイドリア」「farce」「Dolly」「レソロジカ」「浮花」の6曲です。「レソロジカ」はダンロップの短編アニメーション『ROAD TO YOU~星降る丘の約束~』の主題歌にもなっています。初回限定盤ではアボガド6が歌詞ブックレットや映像を手がけ、音楽とビジュアルを一緒に届ける制作も続きました。本人は作品について、前を向きたい気持ちがありながら、まだ確信を持てない状態が集まったものとして説明しています。デビュー作だからといって、迷いのない出発だけを描いているわけではありません。その時点での揺れや葛藤を作品にしていたことが分かります。また、発売に続いて「TOUR 2019 “teeter”」へ活動を広げました。投稿で知った人、アルバムから聴き始めた人、ライブに足を運ぶ人というように、作品に出会う方法も増えています。2013年の活動開始、2017年の本人名義始動、2019年のメジャーデビューを分けて捉えると、制作から歌唱、実演へと活動を積み上げた順序が明確になります。
須田景凪のデビューがその後の活動に与えた影響
メジャーデビュー前後に起きた重要な変化は、作品を他の演奏者と作る経験が増えたことです。「パレイドリア」では、ギター、ベース、ドラムを人に演奏してもらう録音に取り組みました。それまで一人で制作を完結させていた本人には、自分の曲の一部をほかの人に任せる不安もあったといいます。しかし、実際に録音すると、同じ音楽を皆で作る感覚を得られ、今後もその方法を試したいと思うきっかけになったと話しています。作詞・作曲を自身で手がけることと、制作のすべてを一人で行うことは同じではありません。曲の中心を自分で決めながら、演奏者の音を取り入れる方法が、デビュー期に具体化しました。バンドで自分の表現を通す難しさから一人で作るようになった経緯を踏まえると、再び他者と曲を作ることを選べるようになった変化には意味があります。メジャーデビューは発売の枠組みが変わる節目でしたが、同じ時期の制作には、人と協力して音楽を完成させる方法を見つける転機も重なっていました。
デビュー後の2019年8月21日には、2nd EP『porte』を発売しました。テレビアニメ『炎炎ノ消防隊』のエンディング主題歌「veil」、アニメーション映画『二ノ国』の主題歌「MOIL」などを収録し、映像作品のために曲を作る活動が広がっています。本人は「veil」で、登場人物と自分が重なる部分を探しながら言葉を選んだことや、本編の後に曲が流れると、単独で聴いたときとは違う響き方になる面白さを語っています。自分の内側を表す制作に、物語や登場人物、作品を見る人との関係が加わったのです。また、観客と直接向き合うライブの経験は、聴く人の存在を意識する制作にもつながりました。こうした変化をすべてメジャーデビューだけの効果と断定することはできませんが、本人名義で作品を発表し、実演と共同制作を重ねたことが、活動の選択肢を増やしたと整理できます。その流れは後年のアルバムや他の音楽家との制作にも続き、2026年にはメジャー3rdフルアルバム『LOVE HATE』を発表しています。デビュー期に生まれた、自分の声で歌うことと人と作品を作ることの両立は、その後の活動にもつながる重要な土台になりました。
まとめ|須田景凪のデビューまでの歩みを振り返ろう
須田景凪のデビューまでの歩みは、ドラマーとしての活動から、自分の曲を作る道へ進んだことに始まります。友人を通じて音楽に親しみ、演奏を経験した後、自分のアイデアを形にするために制作環境を整えました。2013年にはバルーン名義で動画投稿を開始し、作品発表と聴き手との交流を重ねています。「シャルル」は活動が広がる転機となり、セルフカバーの経験は、自分の声で歌う表現にもつながりました。2017年に須田景凪名義で始動し、『Quote』の発売とワンマンライブを経て、2019年に『teeter』でメジャーデビューしています。その間には、制作を一人で完成させる経験と、演奏者や観客と共有する経験の両方がありました。デビューの理由を一つの出来事だけに求めるより、曲を作り、公開し、歌い、人と出会う過程が重なったと捉えると、活動のつながりが見えてきます。初期のボカロ曲からセルフカバー、本人名義のアルバム、デビュー期のライブへと順に触れてみてください。どのような声で、誰と、どこに向けて音楽を届けるのかが変わっていったことを知ると、須田景凪の作品をより深く楽しめるでしょう。


