LE SSERAFIMの経歴まとめ|活動開始から現在までを時系列で徹底解説

LE SSERAFIMの経歴まとめ|活動開始から現在までを時系列で徹底解説
LE SSERAFIMの経歴は、異なる場所で経験を重ねていたメンバーが集まり、新しい表現を作る過程から始まります。日本と韓国でのアイドル活動、アメリカでの生活、バレエの留学、練習生としての時間など、結成以前の道のりは一人ひとり異なりました。2022年のデビュー後は、作品を重ねながら日本での活動や海外公演へ進み、音源を届ける地域とステージの規模を広げています。この記事では、活動開始前の背景から結成とデビュー、注目を集めた作品、近年のツアーまでを時系列で解説します。2026年10月19日時点の最新発表も確認し、それぞれの出来事が次の挑戦へどうつながったのかを、具体的な作品名や時期とともに紹介します。
LE SSERAFIMの活動開始前
LE SSERAFIMの活動開始前を知るには、現在の5人が同じ時期に芸能活動を始めたわけではないことを押さえる必要があります。最も早く日本のアイドル活動を経験したのは、宮脇咲良として知られるサクラです。2011年にHKT48の1期生となり、劇場公演や楽曲の発表などを通じて活動し、AKB48の選抜メンバーとしてもステージに立ちました。2018年には、サクラ、キム・チェウォン、ホ・ユンジンがオーディション番組「PRODUCE 48」に参加しています。この番組から生まれたIZONEでは、サクラとチェウォンがメンバーとして活動しました。ユンジンも番組出演を経験しましたが、IZONEのメンバーとしてデビューしたわけではありません。後に同じグループになる3人にも、番組終了後の歩みには違いがありました。IZ*ONEの活動は2021年に終了し、サクラは同年6月19日の卒業コンサートでHKT48の活動にも区切りを付けています。こうした既存グループでの経験が、新たなチームへ参加する前の経歴になりました。
一方、カズハは幼い頃からバレエを学び、オランダ国立バレエアカデミーへ留学していました。グループに加わる以前の専門分野は、アイドル活動ではなくバレエです。身体の動かし方や舞台に向き合う経験を持っていた反面、K-POPの歌唱やラップ、カメラに向けた表現には新しく取り組む立場でした。ユンジンはアメリカで育ち、学校では演劇やミュージカルに関わる活動を経験しています。韓国での練習生生活だけでなく、英語を使う環境で培った表現の経験も背景にあります。最年少のホン・ウンチェは、学校生活とダンスの学習を経て練習生となりました。デビュー時点ですでに公演やテレビ出演を重ねていた人と、初めて職業としてステージに立つ人が同じチームにいたことになります。この違いは、単に活動年数の長短だけを示すものではありません。経験者には新しい表現への学び直しがあり、別分野から来たメンバーには専門性を生かす余地がありました。結成前の経歴を一人ずつたどると、LE SSERAFIMは同じ経歴の人を集めたグループではなく、異なる準備をしてきた人たちが合流したグループだと分かります。
LE SSERAFIMが音楽活動を始めたきっかけ
LE SSERAFIMへつながる音楽活動のきっかけは、メンバーごとに異なります。チェウォンは、以前のグループでかなえられなかった目標が残っていたため、もう一度グループで活動したかったとデビュー時のインタビューで話しています。SOURCE MUSICから新グループへの参加を提案され、環境を変えて再出発することを選びました。すでに人前で活動していても、新しいチームで何を見せたいかを考え直したことが、参加の動機です。サクラも、ファンの前で公演をする喜びを感じていたこと、さらに成長した姿を見せたかったことを語っています。2人の場合、初めて歌手を目指した瞬間と、LE SSERAFIMとして活動する決断は分けて考えると分かりやすくなります。過去に活動していたから自然に次のグループへ移ったというより、もう一度挑戦する意思を持ち、新しい準備に入ったという流れでした。以前の実績がある人にも次の進路を選ぶ場面があり、その選択が結成につながっています。
別の分野から進路を変えたカズハは、BLACKPINKの音楽や公演に触れ、バレエとは異なる方法でも自分を表現したいと考えるようになりました。留学中、オンラインで受けられるオーディションがあったことが、実際に応募する機会になります。提出したのはBTSの「Dynamite」のダンスカバーとバレエの映像で、憧れを持つだけでなく、今できる表現を使って挑戦した形です。ウンチェは、小学校の放課後の授業でK-POPダンスを学び、もっと踊りたいという思いからダンススクールへ進みました。また、2018年の「Dream Concert」でSEVENTEENのステージと観客の応援を見て、自分も舞台に立ちたいと感じたと振り返っています。身近な習い事と実際の公演体験が、職業としての目標につながった例です。ユンジンは、練習生生活の中で孤独を感じた時期があっても、音楽とステージへの思いを捨てられなかったと話しています。自分を音楽で表現したいという意志が、その後の創作にもつながりました。再出発、進路変更、憧れの具体化という違いはあっても、5人には自分の選んだ場所で表現を続けたいという共通点があります。その背景を知ると、後に掲げる前進や挑戦の言葉も、本人たちの選択と重ねて理解できます。
LE SSERAFIMの結成・活動開始
LE SSERAFIMの結成が外部から具体的に見えるようになったのは、2022年春の公式発表です。3月28日、HYBEとSOURCE MUSICはロゴモーションフィルムを通じてグループ名を公開しました。所属するSOURCE MUSICはHYBE傘下のレーベルで、新グループは両社の協力によって送り出されると案内されています。「LE SSERAFIM」は「I’M FEARLESS」の文字を並べ替えた名前で、周囲の視線に揺らがず進むという姿勢を表します。この段階では、メンバー全員のステージを披露するより先に、チームの名前と進む方向を示したことになります。同じ日にはWeverseの公式コミュニティも開設され、デビュー前から映像や情報に触れる場所が用意されました。名前の発表、公式な情報を受け取る場の開設、個人の紹介という順序で、新グループの輪郭が少しずつ示されていきました。
4月4日には、最初のメンバーとしてサクラの写真と映像が公開されました。その後、キム・ガラム、ウンチェ、チェウォン、カズハ、ユンジンが順次紹介され、当初は6人のチームとして出発します。サクラとチェウォンの過去の活動を知る人にも、ほかのメンバーを初めて見る人にも、一人ずつの姿を確認できる発表でした。写真と映像を組み合わせた紹介は、名前や経歴を伝えるだけでなく、これから見せる表現を先に提示する役割も持っています。4月13日には、初のミニアルバムの発売とデビューショーケースの日程が発表され、紹介段階から作品を届ける段階へ進みました。グループ名に込めた意思が、どのような歌とパフォーマンスになるのかが、次の焦点になったのです。ここで重要なのは、過去のオーディション番組の最終順位だけで、そのままLE SSERAFIMのメンバーが決まったわけではないという点です。以前のグループ活動や番組出演、練習生生活、別分野からの応募が、それぞれ新チームの準備に合流しています。結成の経緯をたどると、既存の知名度を持つメンバーを紹介するだけでなく、異なる経験を持つ人たちを一つの名前と表現の下にまとめることが、最初の活動だったと捉えられます。
LE SSERAFIMのデビューまでの歩み
公式発表が進む一方で、デビューまでの準備では、経験の違うメンバーが同じ歌と振り付けを共有する必要がありました。チェウォンは、再び練習生になってダンスの基礎を学び直し、振り付けを撮影してフィードバックを受け、練習して撮り直す過程を経験したと話しています。サクラも、以前の活動中とは異なる長期間の練習に取り組み、歌やダンス、韓国語を改めて学びました。すでにデビュー経験があることは、今回の曲をそのまま表現できることと同じではなかったのです。一方、カズハには、バレエで培った動きとK-POPの動きをどう結び付けるかという課題がありました。ウンチェもチームへ加わった時点で必要な振り付けを覚え、ほかのメンバーと合わせていきます。準備期間は、一人ずつの技術を高める時間であると同時に、歌う順番や立ち位置、動きの細部を共有する時間でもありました。サクラは、練習映像を細かく見返して、そろわない箇所を確認していたと振り返っています。
デビュー作の制作には、メンバーへのインタビューで出た考えも反映されました。チェウォンは、自分たちの話がアルバムの方向やメッセージにつながったことを語っています。経験の異なる人たちを同じイメージに合わせるだけでなく、今何を伝えたいかを確かめながら作品を作ったという点が重要です。収録曲「Blue Flame」にはチェウォンとユンジンが作詞で参加し、歌う側としてだけでなく、言葉を作る側として関わる機会も生まれました。こうした準備を経て、2022年5月2日に1stミニアルバム『FEARLESS』を発売し、正式にデビューしています。同日にはショーケースも開催され、写真や紹介映像で先に示していた姿が、歌とパフォーマンスとして公開されました。アルバムは「The World Is My Oyster」「FEARLESS」「Blue Flame」「The Great Mermaid」「Sour Grapes」の5曲で構成されています。1曲だけで自己紹介を終えるのではなく、導入の語りや異なる曲調を含む作品として、新グループの声を伝える形でした。練習の成果を作品とステージの両方で示したことにより、結成の発表から実際の音楽活動へと移っています。これが、その後に新作を発表し、公演で表現を更新していく活動の出発点になりました。
LE SSERAFIMのデビュー後の活動
デビュー後の2022年は、新人としての音楽活動を進める一方で、チームの体制にも変化があった年です。7月20日、HYBEとSOURCE MUSICはキム・ガラムとの契約終了を発表し、グループは5人体制で活動を続けることになりました。現在のサクラ、チェウォン、ユンジン、カズハ、ウンチェによる編成は、この時期から続いています。8月には公式ファンクラブ名「FEARNOT」が発表され、グループを応援する人たちとの関係にも共通の呼び名が生まれました。名前には、恐れず進むグループとファンが共にすることで、新しい瞬間が咲き始めるという意味が込められています。また、公式映像では「DAYOFF」「LENIVERSE」などの企画が展開され、歌っている場面以外の5人を知る機会も増えました。曲を聴いて関心を持った人が、会話や企画を通じてメンバーを覚え、次の作品を待つという接点が整っていった時期でもあります。編成が定まる過程と、公式な発信やファンとの関係を作る過程が並行して進みました。
10月17日には2ndミニアルバム『ANTIFRAGILE』を発売しました。試練に直面すると、むしろ強くなるという態度を扱った作品で、出発時の自己紹介から、困難との向き合い方へテーマを進めています。5人で発表する次の作品として、歌やダンスを通じてチームの姿を改めて示す機会になりました。同日にはカムバックショーも放送・配信され、表題曲と収録曲のステージが披露されています。新曲の発表を音源だけにとどめず、複数のパフォーマンスをまとめて伝える活動でした。年末の12月31日には「第73回NHK紅白歌合戦」に初出場し、日本で正式にシングルデビューする前から大型音楽番組の舞台に立っています。そして2023年1月25日、日本1stシングル『FEARLESS』を発売し、日本デビューを果たしました。韓国作品として先に知られた曲を、日本語で聴く入口が作られたことになります。韓国での次作発表、5人の映像発信、日本のテレビ出演、日本盤の発売という順に接点を増やし、デビュー時の関心を継続的な活動へつなげていきました。ここからは、新人グループの紹介という段階を越え、作品と公演を重ねる時期へ移っていきます。
LE SSERAFIMが注目を集めた転機
2023年から2024年にかけては、作品を届ける相手と表現の場が広がりました。2023年5月1日発売の1stスタジオアルバム『UNFORGIVEN』では、タイトル曲にギタリストのナイル・ロジャースが参加しています。外部のミュージシャンと組むことで、新しい音を取り込みながら、自分たちの道を進むという意思を伝えた作品です。同作は米ビルボードのアルバムチャート「Billboard 200」で6位となり、初めてトップ10へ入りました。音楽の変化に加えて、海外でアルバムが消費されていることを成績として確認できる転機です。夏には初の単独ツアー「FLAME RISES」を開催し、日本でも3都市6公演を実施しました。複数のアルバムで蓄積した曲を、一つの公演として届ける段階へ進んだことになります。10月27日の英語曲「Perfect Night」ではゲーム「オーバーウォッチ 2」とも協働し、音楽番組や単独公演とは異なる入口を作りました。同年の「BlizzCon 2023」にも出演し、ゲームと音楽をつなぐ場でステージを披露しています。
2024年2月19日には3rdミニアルバム『EASY』を発売し、タイトル曲が3月9日付「Hot 100」に99位で入りました。アルバム全体の需要を集計する「Billboard 200」に続き、単曲のチャートにも到達したことになります。同年4月の「Coachella」出演は、海外の音楽フェスティバルという別の環境でパフォーマンスを見せる機会でした。ファンを対象とする単独公演とは観客との関係も異なり、グループをまだ詳しく知らない人へ曲を届ける接点になります。8月30日には4thミニアルバム『CRAZY』を発売し、タイトル曲は「Hot 100」で76位を記録しました。振り付けにはヴォーギングの要素を取り入れ、それまでとは異なる動きで楽曲を表現しています。この時期の転機を一つの曲だけに集約することはできません。海外ミュージシャンとの共演、アルバムのチャート成績、初ツアー、ゲームとの協働、英語曲、音楽フェスへの出演が、違う方向から活動の幅を広げました。2024年までに曲数と出演経験の両方が増えたことが、その後により長い公演と広い地域を巡るツアーへ進む土台になったと捉えられます。
LE SSERAFIMの近年の活動
2025年の活動は、作品を重ねてきたLE SSERAFIMが、より広い地域で公演を行う年として整理できます。3月14日には5thミニアルバム『HOT』を発売しました。直前の2作と合わせると「EASY」「CRAZY」「HOT」というタイトルが並び、4月に始まった初ワールドツアーの名称にも、この三つの言葉が使われています。複数の作品を発表する活動と、それらを一つの公演にまとめる活動が結び付いた形です。ツアーは仁川から始まり、日本、台北、香港、マニラ、バンコク、シンガポール、北米地域などへ展開されました。東京ドームでのアンコール公演を迎える前の報道では、計18都市27公演を開催したと紹介されています。2023年の初単独ツアーを経験したあと、地域をまたいで公演を続ける段階へ進んだことが分かります。日本では名古屋、大阪、北九州、さいたまの4都市で9公演を実施し、楽曲の発表だけでなく、複数の地域で実際のステージを届ける活動を重ねました。
6月24日には日本4thシングル『DIFFERENT』を発売しています。日本公演を展開する時期に日本向けの新作も届けることで、以前から知られている曲だけに公演の印象が固定されない流れができました。10月24日には1stシングル『SPAGHETTI』を発表し、タイトル曲「SPAGHETTI(feat. j-hope of BTS)」でj-hopeと共演しています。新しい相手との協働によって曲の見せ方を更新することも、公演活動と並んで続いていました。そして11月18日と19日には、初の東京ドーム公演「EASY CRAZY HOT」アンコールを開催しました。日本のアリーナ公演を経てドームへ進んだという順序があり、会場名だけを切り取るより、その前に各地で行った公演とのつながりを見ることが大切です。19日公演にはABEMAでの生中継も用意され、会場にいる人以外が公演に触れる方法も作られました。この年の経歴からは、新作、海外を含む移動、公演、日本盤、共演、配信という複数の活動が並行して進んだことが分かります。作品の数と公演の経験が積み重なり、デビュー時の数曲を見せる段階から、複数の時期の楽曲で長いステージを構成する段階へ発展した年といえるでしょう。
LE SSERAFIMの現在と今後の活動
2026年10月19日時点のLE SSERAFIMは、新作と2度目のワールドツアーを並行して展開しています。5月22日には2ndスタジオアルバム『PUREFLOW』pt.1を発売しました。最初のスタジオアルバムから約3年を経て発表した作品で、所属レーベルの収録曲一覧には「Pureflow」「BOOMPALA」「CELEBRATION」「Creatures」「Sonder」「Trust Exercise」など全11曲が掲載されています。タイトル曲だけでなく、まとまった曲数を持つ作品を発表したことが、新しいツアーで見せる内容にもつながっています。公式発表では、日本公演で同作の新曲が披露されたことも案内されており、発売した音源と実際の公演を結び付けて確認できます。さらに9月11日には2ndシングルアルバム『Made My Night』を発表しました。アルバムで活動を一区切りにするのではなく、その後も別の新作を届け、ツアーが進む間にも聴ける作品を増やしています。初期の代表曲を知っている人にとっても、現在の表現に触れるには、この年の新作を併せて聴くことが手掛かりになります。
2度目のワールドツアー「PUREFLOW」は7月に仁川から始まり、アジア、北米、欧州などを含む24都市34公演の行程として発表されています。この数字はツアー全体の計画であり、基準日時点ですべての公演を終えたという意味ではありません。日本では7月から9月にかけて、大阪、神奈川、静岡、宮城、福岡の5都市で11公演を実施しました。前年の日本公演から訪れる地域が広がり、韓国で作った新作を日本各地の観客へ届ける機会が増えています。今後の予定としては、12月19日と20日の京セラドーム大阪公演が発表されています。日本での追加公演として位置付けられており、10月にはチケット販売や会員向けの案内も更新されました。すでに発売された音源、開催済みの日本公演、開催前のドーム公演を分けると、現在進行中の活動を正確に把握できます。経歴の流れとしては、結成時に異なる経験を持ち寄り、デビュー後に作品を蓄積し、公演の地域と規模を広げ、その成果を次の作品とツアーへつなげてきた段階です。今後の活動についても、このように公式に発表された作品や日程を軸に見ることで、期待と確定した予定を混同せずに追うことができます。
まとめ|LE SSERAFIMの経歴を振り返ろう
LE SSERAFIMの経歴は、異なる活動歴や学びを持つメンバーが、新しいチームとして表現を作ってきた歩みです。結成以前には、日本と韓国でのアイドル活動、オーディション番組、アメリカでの生活、バレエ留学、ダンスの学習といった別々の道がありました。そこから自分で次の進路を選び、練習と制作を重ねて2022年のデビューへ進んでいます。デビュー後は体制の変化を経ながら、韓国のアルバム、日本盤、英語曲、外部のアーティストやゲームとの協働へと活動を広げました。初単独ツアーからワールドツアー、ドーム公演へ進む流れを見ると、作品を発表する経験と、観客の前で披露する経験を並行して積み重ねてきたことが分かります。2026年も『PUREFLOW』pt.1や『Made My Night』を届け、2度目のワールドツアーを展開しています。曲名やチャート順位だけを追うより、どの時期に何を学び、どの作品を携えて次の舞台へ進んだかに注目すると、経歴は理解しやすくなります。気になる時期のアルバムと公演映像を併せて見れば、最初の挑戦が現在の表現へどうつながっているかを、自分の耳と目で確かめられるでしょう。


