Da-iCEのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

出典:avex portal

Da-iCEのデビューまでの道のり|活動開始のきっかけ・転機を解説

Da-iCEは、工藤大輝、岩岡徹、大野雄大、花村想太、和田颯からなる5人組男性アーティストグループです。2011年1月17日に結成されましたが、すぐにメジャーデビューしたわけではありません。東京・渋谷の小さなクラブを起点にライブを重ね、年間100本以上のステージを経験しながら5人のスタイルを作り上げていきました。そして約3年間の活動を経て、2014年1月15日に「SHOUT IT OUT」でメジャーデビュー。しかもデビュー曲はファン投票によって選ばれています。ここでは5人それぞれの結成前の経験からDa-iCE誕生、インディーズ時代のライブ活動、メジャーデビュー決定、デビュー直後までに焦点を当て、現在につながる原点を詳しく解説します。

Da-iCEの活動開始前の経歴

Da-iCEは、同じ地域で育った幼なじみが集まって結成されたグループではありません。工藤大輝は北海道、岩岡徹は千葉県、大野雄大は愛知県、花村想太は兵庫県、和田颯は群馬県の出身で、年齢や音楽・ダンスとの関わり方もそれぞれ異なります。5人はDa-iCE結成以前から個別に音楽やダンス、芸能活動につながる経験を重ね、その異なる能力が一つに集まったことで現在につながるグループの基本形が生まれました。

工藤大輝はダンスや音楽に取り組み、後にDa-iCEではリーダー兼パフォーマーとして活動するとともに、作詞・作曲を担うクリエイターへ成長します。岩岡徹は大学進学などを経ながら芸能活動の道へ進み、Da-iCEではパフォーマーとして活動。大野雄大は歌唱を軸に経験を積み、後に花村想太とともにグループのツインボーカルを担うことになります。花村も歌を中心に活動し、高音域を生かした歌唱をDa-iCEの特徴の一つへ発展させていきました。和田颯は幼い頃からダンスを続けており、5人の中でも特に長いダンス経験を持つメンバーです。

結成前の5人については、それぞれの活動開始時期やきっかけが異なるため、Da-iCE全員に共通する一つのオーディションやスカウトが出発点だったと説明することはできません。重要なのは、ボーカル、ダンス、音楽への関心など異なる経験を持つ5人が、2011年にDa-iCEとして集まったことです。現在では大野と花村のツインボーカル、5人のダンス、工藤や花村による楽曲制作など複数の特徴がありますが、その土台には結成前から各メンバーが培っていた経験があります。Da-iCEのデビューまでの物語は、5人が出会った瞬間から突然始まったのではなく、それぞれが別の場所で積み重ねてきた経験が合流したところから始まったのです。

Da-iCEが音楽に興味を持ったきっかけ

Da-iCEはグループとして結成された後に初めて音楽へ触れたわけではなく、メンバーそれぞれが結成前から歌やダンスなど異なる形で表現活動へ関心を持っていました。ただし、5人全員について「特定の一曲を聴いたことが音楽を始めるきっかけだった」といった共通のエピソードがあるわけではありません。そのためDa-iCEの原点を理解するときは、確認できない音楽的ルーツを推測するのではなく、それぞれが得意分野を持った状態でグループへ参加したことに注目する必要があります。

現在のDa-iCEでボーカルを担う大野雄大と花村想太は、異なる特徴を持つ歌声を生かして活動しています。大野はハスキーで力強い声、花村は高音域まで対応する歌唱を持ち味としており、この2人が組み合わされたことが後の「4オクターブのツインボーカル」というDa-iCEの大きな特徴につながりました。一方、和田颯は幼少期からダンスを始め、長期間にわたって技術を磨いてきたメンバーです。工藤大輝もダンスと音楽の両面に関わり、グループ活動が進むにつれて作詞・作曲でも存在感を高めていきました。岩岡徹もパフォーマーとして活動し、5人のステージを構成する役割を担うようになります。

このように、Da-iCEの場合は全員が同じ音楽体験から同じ方向へ進んだのではなく、歌やダンスなどそれぞれ異なる入口からエンターテインメントの世界へ進んだことが特徴です。その違いが結成後には役割分担として機能しました。ボーカル2人とパフォーマー3人という基本構成を持ちながら、ステージでは5人全員でダンスを披露し、後にはメンバー自身が楽曲制作にも参加するようになります。個人の興味や経験を一つの形へ統一するのではなく、それぞれの強みを残したままグループとして組み合わせたことが、Da-iCEの音楽活動の原点といえるでしょう。

Da-iCEが活動を始めたきっかけ

Da-iCEとしての本格的な活動は、2011年1月17日のグループ結成から始まりました。工藤大輝、岩岡徹、大野雄大、花村想太、和田颯の5人が集まり、大野と花村によるツインボーカルと、5人全員で見せるダンスパフォーマンスを組み合わせたグループとしてスタートします。結成時から現在までメンバーが変わっていないこともDa-iCEの特徴であり、同じ5人で長期間活動する中で歌唱、ダンス、制作などそれぞれの役割を発展させてきました。

グループ名の「Da-iCE」は、「DANCE」とサイコロを意味する「DICE」を組み合わせた造語です。メンバー5人をサイコロの5面に見立て、ファンを加えた6面でDa-iCEが完成するという意味が込められています。また、名称の中央にある「a-i」には「愛」という意味も込められています。後にデビュー曲をファン投票で決定することを考えると、グループのスタート段階からファンとの関係を大切にする考え方が名前にも表れていました。

結成後、5人が活動の場としたのが東京・渋谷です。最初から大きなホールやテレビ番組を中心に活動したのではなく、小さなクラブでライブを行うところから始めました。まだDa-iCEという名前が広く知られていない時期には、実際にステージを見てもらうことが重要です。そのため5人はライブを繰り返し、歌唱とダンスを直接届ける方法で活動を広げていきました。

このスタート方法は、その後のDa-iCEにも大きな影響を与えています。結成からメジャーデビューまでには約3年あり、その期間に何度もステージへ立ったことで、ツインボーカルとダンスをどのように組み合わせるのか、5人をどう見せるのかといった基本的なパフォーマンスを磨くことができました。現在のアリーナツアーにつながるライブ重視の姿勢は、2011年の活動開始時点から形成されていたのです。

Da-iCEのデビュー前の活動

Da-iCEのデビュー前を語るうえで欠かせないのが、圧倒的な回数のライブ経験です。2011年の結成後、渋谷の小さなクラブを中心に活動を始め、年間100本以上のライブを行う時期もありました。メジャーデビュー前のグループにとって、テレビや大規模な広告を通じて知ってもらう機会は限られています。そこでDa-iCEは実際にステージへ立ち、歌とダンスを見せることで少しずつ活動の基盤を作っていきました。

ライブを数多く経験することには、単に出演回数を増やす以上の意味があります。大野雄大と花村想太という声質の異なるボーカルをどのように組み合わせるのか、5人のフォーメーションをどのように見せるのか、楽曲間の流れをどう作るのかなど、グループとして必要な能力を観客の前で磨くことができます。現在ではDa-iCEの特徴として知られるツインボーカルとダンスの組み合わせも、この時期に実践を繰り返したことでグループの武器として定着していきました。

2012年にはインディーズ作品「Da-iCE」を発表し、ライブだけでなく音源としても自分たちの音楽を届ける段階へ進みます。インディーズでの作品発表は、Da-iCEの楽曲をライブ会場以外でも知ってもらうための重要なステップでした。さらにライブやイベントへの出演を続けることで、活動範囲を徐々に広げていきます。

この時期の経験は、後のDa-iCEにとって大きな財産となりました。メジャーデビュー後に全国ツアー、日本武道館、アリーナへ会場が拡大しても、ライブを活動の中心に置く姿勢は変わっていません。デビュー前から繰り返し観客の前に立っていたため、メジャーデビューは「初めて本格的に活動する日」ではなく、それまで積み重ねてきたライブ活動をより広い場所へ届けるための節目となりました。

Da-iCEが経験した大きな転機

デビュー前のDa-iCEにとって大きな転機となったのは、小規模なライブ活動を継続する中で活動の規模を広げ、メジャーデビューへ進む環境が整っていったことです。2011年の結成直後には渋谷の小さなクラブから始まった5人でしたが、ライブを重ね、インディーズ作品を発表しながらDa-iCEというグループの形を明確にしていきました。単にデビューの機会を待つのではなく、先にライブグループとして経験を蓄積したことが、その後のステップアップを支えました。

その過程で重要だったのは、ツインボーカルとダンスという特徴が実際のステージで機能することを示していった点です。大野雄大と花村想太は異なる声質を持ち、5人全員によるダンスと組み合わせることでDa-iCE独自のパフォーマンスを形成しました。ライブの本数が増えるほど、楽曲ごとの表現や観客とのコミュニケーションなども磨かれていきます。現在のDa-iCEがライブを重要な活動としている背景には、このデビュー前の経験があります。

そして2013年、Da-iCEはメジャーデビューへ向けて具体的に動き出します。デビュー曲の候補として「SHOUT IT OUT」「TOKI」「BOMB」の3曲が用意され、その中から実際にデビューシングルとなる曲を決める企画が行われました。ここで採用されたのが、ファンが投票する「デビュー曲国民投票」です。

メジャーデビューはレコード会社や制作側だけで決定するのではなく、それまでDa-iCEを応援してきた人たちも参加する形で準備されました。結成からライブを積み重ねてきたグループだからこそ、デビューの段階ですでに投票へ参加するファンとの関係が存在していたことになります。約3年間のライブ活動、インディーズでの作品発表、そしてファン参加型のデビュー企画へ進んだ流れは、Da-iCEがメジャーへ移行するうえで大きな転換点となりました。

Da-iCEがデビューにつながったきっかけ

Da-iCEのメジャーデビューにつながった背景には、結成後に積み重ねたライブ活動と、そこで形成されたグループのスタイルがあります。2011年から約3年間にわたって活動し、大野雄大と花村想太のツインボーカル、5人によるダンスという強みを磨きました。メジャーデビューが決まった2013年には、すでにライブを通じてDa-iCEを応援する人たちとの接点も築かれており、その関係を象徴する形でデビュー曲を選ぶ企画が実施されます。

「デビュー曲国民投票」では、「SHOUT IT OUT」「TOKI」「BOMB」という3つの候補曲が用意されました。投票には約1万人が参加し、その結果「SHOUT IT OUT」が1位となります。こうして「SHOUT IT OUT」は、2014年1月15日に発売されるDa-iCEのメジャーデビューシングルに決定しました。メンバーや制作スタッフだけで決めるのではなく、デビュー前から応援していた人たちの投票によって最初のメジャー作品が選ばれた点は、Da-iCEのデビューにおける特徴的な出来事です。

この企画はグループ名に込められた意味とも重なります。Da-iCEはメンバー5人を5面、ファンを6面目として、6面そろうことで完成するという考え方を持つグループです。そのファンがデビュー曲選びに参加したことで、グループ名に込められた関係性が実際の活動でも形になりました。

ただし、投票企画だけがメジャーデビューを実現した理由ではありません。その前提には、渋谷の小規模な会場から始め、年間100本以上のライブを経験した活動があります。ライブを重ねなければ、投票に参加する人との関係も築くことはできませんでした。インディーズ時代に歌唱、ダンス、ステージ経験を積み、応援する人を増やしたうえでファン参加型の企画を行い、メジャーデビューへ進む。この一連の流れがDa-iCEのデビューまでの道のりを特徴づけています。

Da-iCEのデビュー当時の活動

2014年1月15日、Da-iCEはユニバーサルシグマから1stシングル「SHOUT IT OUT」を発売し、メジャーデビューしました。結成から約3年を経て実現したデビューであり、同曲はファン投票によって選ばれた作品です。「SHOUT IT OUT」では、それまでライブで磨いてきた歌唱とダンスをメジャー作品として提示し、5人はインディーズ時代から次のステージへ進みました。

デビュー後は短期間で作品を重ね、同年4月には2ndシングル「TOKI」、8月には3rdシングル「ハッシュ ハッシュ」、11月には4thシングル「もう一度だけ」をリリースしました。「TOKI」はデビュー曲候補にもなっていた楽曲であり、メジャーデビュー後に改めてシングルとして届けられています。複数のシングルを継続的に発表することで、一曲だけでDa-iCEを知ってもらうのではなく、異なる作品を通じてツインボーカルやダンスの幅を示していきました。

2015年1月には1stアルバム「FIGHT BACK」を発売。メジャーデビューから約1年でアルバムへ到達し、シングルだけでは分からないDa-iCEの音楽をまとめて届ける作品となりました。また、2015年には「第29回日本ゴールドディスク大賞」のベスト5・ニューアーティスト賞を受賞しています。メジャーデビューによってCDリリースやメディア出演など活動の機会が広がり、インディーズ時代にライブを中心としていた5人が、作品を全国へ届けるグループへと変化していきました。

一方、デビューしたことでライブを軽視するようになったわけではありません。むしろ、インディーズ時代に培ったステージ経験を生かしながらツアーを展開し、より大きな会場を目指して活動を続けました。この流れが数年後の日本武道館公演へとつながります。デビュー当時は、ライブハウスで育ててきたDa-iCEのスタイルを、CD、アルバム、全国ツアーなど複数の方法で広げ始めた時期だったのです。

Da-iCEのデビューがその後の活動に与えた影響

2014年のメジャーデビューは、Da-iCEにとって活動規模を大きく広げる出発点となりました。インディーズ時代には小規模な会場を中心に直接パフォーマンスを届けていましたが、メジャーデビュー後はシングル、アルバム、全国ツアー、メディア出演など、Da-iCEを知ってもらう手段が増えていきます。それでも結成初期に築いた「ライブで実力を磨く」という姿勢は失われず、2017年1月には日本武道館公演を実現しました。渋谷の小さなクラブから始めたグループにとって、大きな節目となるステージでした。

また、メジャーで作品を継続的に発表する中で、メンバー自身がクリエイティブへ関わる機会も増えていきます。工藤大輝や花村想太は作詞・作曲を手掛け、後にDa-iCEを代表する作品にも深く関与しました。2020年の「CITRUS」では工藤と花村が作詞に参加し、同曲は2021年の「第63回日本レコード大賞」で大賞を受賞。2022年の「スターマイン」は工藤が作詞・作曲し、新たな代表曲となりました。2024年の「I wonder」でも工藤と花村が制作を担っています。

つまり、Da-iCEにとってメジャーデビューは完成地点ではなく、作品制作の幅を広げるためのスタートでした。デビュー時にはファン投票で選ばれた「SHOUT IT OUT」を歌っていた5人が、その後は自分たちで制作した楽曲を代表作として届けるまでになっています。さらに2024年にはNHK紅白歌合戦へ初出場し、2026年には結成15周年を迎えました。

現在のDa-iCEからデビューまでを振り返ると、「CITRUS」などのヒットだけで突然現在の位置へ進んだわけではないことが分かります。結成後のライブ活動、インディーズ作品、ファン投票によるデビュー、メジャーでの継続的な作品発表という一つひとつの経験が、その後の日本武道館、アリーナツアー、楽曲制作、代表曲の誕生へつながっています。

まとめ|Da-iCEのデビューまでの歩みを振り返ろう

Da-iCEは、工藤大輝、岩岡徹、大野雄大、花村想太、和田颯という異なる出身地や経験を持つ5人が集まり、2011年1月17日に結成されました。活動のスタート地点は渋谷の小さなクラブで、年間100本以上のライブを行う時期も経験。大野と花村のツインボーカルと5人のダンスを観客の前で磨きながら、インディーズ作品の発表などを通じて活動を広げました。そして約1万人が参加した「デビュー曲国民投票」で「SHOUT IT OUT」が選ばれ、2014年1月15日にメジャーデビュー。そこからシングルやアルバム、全国ツアーへ活動を拡大しました。後の日本武道館公演や「CITRUS」「スターマイン」「I wonder」といった代表曲も、このデビュー前から積み重ねた経験の先にあります。Da-iCEのデビューまでを振り返ることで、小規模なライブから一歩ずつ活動の場を広げてきた5人の原点を知ることができます。

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